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【著者に訊け】泉麻人氏『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』

6/22(土) 16:00配信

NEWS ポストセブン

【著者に訊け】泉麻人氏/『冗談音楽の怪人・三木鶏郎 ラジオとCMソングの戦後史』/1500円+税/新潮社

 いかにも東京っ子らしい感性や諧謔味。鬱屈に浸ることを良しとしない一回転した明るさ等々、書く人と書かれる人の間に親和性を感じさせる1冊だ。

 泉麻人著『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』は、三木や著者にとっても初の評伝。終戦まもない1946年、三木は自作の曲「南の風が消えちゃった」をGHQ管轄下のNHKに持ち込み、数日後には番組を任されることに。洒落た音楽と諷刺劇で話題をさらった『歌の新聞』や、『日曜娯楽版』の名物コーナー『冗談音楽』(1947年~)、また草創期のCMやアニメ主題歌も多数手がけた彼は、日本のポップカルチャーの元祖中の元祖でもあった。

 その曲調は総じて明るく、ポップそのもの。それこそ〈私はこの誰もいない、なにもない焼け跡の雰囲気を馬鹿に明るく感じた〉と自著に書いた彼を、泉氏は敬愛をこめて〈トリロー〉と呼ぶ。

 1956年生まれの泉氏にとって1914年生まれの三木鶏郎、本名・繁田裕司の初期作品は、必ずしも懐かしい対象ではない。

「僕自身のトリロー体験は1963年の『鉄人28号』の主題歌からですからね。それが大学の広告サークルに入った後に、♪ジンジン仁丹~とか、弘田三枝子の♪アスパラでやりぬこう~とか、無意識に歌ってきた音楽と作者が一致しました。最近は自分が生まれる前の昭和20年代くらいまで興味の幅が広がりつつあるんです。

 特にNHKのラジオしかない時代に時事風刺をやる娯楽番組があったことは、戦後史として見おとせない。現に『フラフラ節』であの吉田茂を散々おちょくった彼らは当局に睨まれ、『冗談音楽』は1952年に一度打ち切りになるのですが、すぐにタイトルを変えて復活するほど人気もあった。

 学生時代の永六輔や川上弘美さんのお父さまが熱心に番組を聞いてコントを投稿していた。また、トリローの元秘書は野坂昭如で、門下生には、伊藤アキラ、いずみたく、短期間ながら五木寛之もいる。役者としても中村メイコに楠トシエ、河井坊茶や三木のり平、有島一郎や左とん平まで、錚々たる人材を輩出しているのも、トリローグループのスゴイところなんです」

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最終更新:6/22(土) 16:00
NEWS ポストセブン

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