ここから本文です

「グリコ・森永事件」元捜査員が語った27年後の新事実

6/22(土) 5:58配信

デイリー新潮

 グリコ・森永事件の捜査現場で「キツネ目の男」を目撃したのは、大阪府警捜査1課特殊班所属の通称「F担」の7人だけではなかった。事件から27年が経過した頃、NHKスペシャル「未解決事件 グリコ・森永事件」が発掘した新事実。それについて、F担の一人に改めて聞くと……。

 1984年(昭和59年)3月18日、「江崎グリコ」社長だった江崎勝久氏が3人組の男に誘拐されるも、監禁場所の倉庫から自力で脱出。「かい人21面相」を名乗る犯人は、食品会社を次々と脅迫し、《どくいり きけん たべたら 死ぬで》と書かれた青酸入りの菓子をスーパーなどにばら撒いた――。昭和の世を騒然とさせた〈警察庁広域重要指定114号「グリコ・森永事件」〉の完全時効が成立したのは2000年の2月13日午前0時。

“その時”を、江崎氏が監禁された倉庫で迎えたというF担の一人は、

「退職してしばらくの間は夢の中にまで“F”が出てきましたが、時間が経つにつれて思い出すことも少なくなりました」

 と、語る。ちなみに“F”とは、英語でキツネを意味するFOXの頭文字で、捜査員は「キツネ目の男」のことをそう呼んだ。“F”が捜査員の前に姿を現したのは、2回。このF担は7人の中で唯一、2回目撃しているが、

「心残りはありません。やれることはやったつもりです。もちろん、2度目に目撃した際、“F”に職質をかけていれば、という思いはありますが、それは結果論。当時の捜査では、現金授受の現場を押さえることが大前提でした」

「どうしてブツを…」

 2回目の目撃現場は、名神高速道路大津サービスエリア。84年11月のハウス食品工業脅迫事件の時、このF担は、現金1億円を積んだ輸送車を警護するため、サービスエリアに入った。その際、レストラン横の電話機の前で、輸送車を凝視する“F”を見たのだが、先に触れたNHKの番組が発掘した新事実の一つは、この場面に関するものだ。

 この日の捜査は大阪府警が「単独」で行うことになっていたが、滋賀県警は密かに現場に捜査員を派遣。大津サービスエリアを張り込んでいた捜査員が、輸送車が到着する前の“F”の様子を目撃することになったのである。『未解決事件 グリコ・森永事件 捜査員300人の証言』(NHKスペシャル取材班、新潮文庫)によると、その男は、

〈目つきとかはもうまさに、似顔絵のとおり〉(目撃した捜査員の証言)

 で、ベンチに座って何かを貼りつけていたという。

 それについて、先のF担の一人に聞くと、呻(うめ)くようにこう言った。

「そういう怪しげな様子を見たのであれば、どうしてそのブツを確認してくれなかったのか……。なぜ後日にでも現場に行ってくれなかったのか……」

 結局、金の受け渡しは行われずじまい。その日以降、大阪府警は血眼になって“F”の行方を捜したが、結局、辿りつくことは出来なかった。

 グリコ・森永事件に詳しいノンフィクション・ライターの新井省吾氏の話。

「当時、マスコミは『かい人21面相』の脅迫文の内容などを連日報道し、劇場型犯罪の走りとなった事件でした。が、今の時代に同様の事件が起こったとしても、防犯カメラでアッと言う間に顔が割れ、逮捕されるでしょう。昭和の頃だからこそ、あんな大胆不敵な犯行が可能だったのです」

 企業への脅迫電話が「子どもの声」でかかってくることもあったこの事件。現在、中年の域に達しているであろうその「子ども」はどこで何をしているのか。

「週刊新潮」2019年6月20日号 掲載

新潮社

最終更新:6/22(土) 11:14
デイリー新潮

記事提供社からのご案内(外部サイト)

デイリー新潮

新潮社

「週刊新潮」毎週木曜日発売

「デイリー新潮」は総合週刊誌「週刊新潮」が発信する最新の話題に加え、専任取材班による綿密な取材に裏打ちされた記事を配信するニュースサイトです。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事