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銀座の路上に現金1億円、落とし主は「政界の暴れん坊」だった

6/22(土) 6:00配信

デイリー新潮

 現金1億円を拾ったものの持ち主が現れなかったため、税金を引いた額、6600万円が懐に――。まさに夢のような話である。しかし、その裏側には、一筋縄ではいかない事実が横たわっていた。騒動から実に39年。ついに明かされた「本当の落し主」とは。

 トラック運転手をしていた大貫久男さんが現金1億円を拾ったのは、完全な僥倖とはいえないかもしれない。何しろ、彼は相当な「拾い魔」だったというのである。トラックを運転しながら常に路上の落し物や廃品に目を配り、まだ使えそうなものがあれば持ち帰る。おもちゃや手押し車、時には生卵をケースごと拾ってくることもあったというから筋金入りである。そうした日々を送っていた大貫さんでなければ、単なる古新聞のように見えたという“それ”を拾おうとは考えなかったのではないか。

 1980年(昭和55年)4月25日午後6時頃、場所は銀座3丁目の昭和通り沿い。大貫さんが何気なく拾った風呂敷包みから出てきたのは、1千万円の札束が10個、合計1億円であった。彼はすぐに警察に届け出、翌日には、拾い主の実名入りで新聞に報じられる事態に。そのため、「よくも俺の金を持っていったな」といった脅迫電話が相次いだが、結局、半年が経過しても落し主が名乗り出ることはなかった。

元手は数百万円

 なぜその1億円は銀座の路上に置かれていたのか。本誌(「週刊新潮」)は3年前、そのミステリーの「謎解き」を記事にした。証言したのは、金の運搬役を務めた人物の関係者で、大貫さんが拾う前、あの金は「誠備グループ」元代表の加藤あきら氏の事務所にあったという。金の運搬役を務めたのは3人。運転手以外の2人が加藤氏の事務所でカバンに入った4億円と風呂敷に包まれた1億円を受け取ったが、車に載せる際、後者を路上に置き忘れたというのだ。その1億円は加藤氏自身のものではなく、別の人物の投資金で、その名前については、

「口が裂けても言えません」

 と、記事でその関係者は話している。

「あの金は、少なくとも2人の人物の株の売却益だったと聞いている。1人はハマコーさん、もう1人は稲川会の大幹部らしい」

 と、加藤氏のことを知る別の関係者が明かす。ハマコーとは「政界の暴れん坊」と呼ばれた浜田幸一元代議士のことだ。

「加藤さんの『誠備グループ』が手掛けた宮地鉄工株の仕手戦のことはわりに知られていると思うけど、あの金はその時の“成果”なんだよ。あの株は短期間で何倍にもなったから、1億円の元手は数百万円じゃないか。しかも、落した1億円については、加藤さんが贔屓にしていた証券会社が補填したからね。あの事件の関係者で、個人で損をした人は一人もいないってことだな」

 また、金の運搬に関わった3人は大貫さんに感謝していたという。

「あの時、金を受け取る窓口の人物と“1億足らない”“いや、届けたはずだ”といったやり取りがあり、“お前らネコババしたのか”という話になった。そこへ大貫さんが持っていったと新聞に出たから、皆ホッとしたんだ」

 大貫さんは2000年に他界しているため、こうした裏事情を知らせることは叶わない。そこで、妻の清子さんにそれを伝えると、

「そうだったのね。でも、1億円についてと言われても、最近は思い出すこともありません。もう何十年も経っていることでしょう。(裏事情については)夫にはお伝えしますので……」

「週刊新潮」2019年6月20日号 掲載

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最終更新:6/22(土) 6:00
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