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デストラーデ 史上最強クリーンアップを完成させた“D”の矜持/プロ野球1980年代の名選手

6/23(日) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

左右両打席から83試合で32本塁打

 88年シーズン途中にパイレーツへ移籍。実現しなかったが、オフには阪神からの誘いもあったという。翌89年はマイナーからのスタートとなり、そこでバークレオの不振で代わりを探していた西武のオファーを受けた。

 6月20日のオリックス戦(西宮)で「五番・指名打者」として初出場、第1打席こそ右飛に倒れたが、第2打席で初本塁打。その後はハイペースで本塁打を量産していく。最終的には83試合の出場で32本塁打。数だけでなく、飛距離でもファンの度肝を抜いた。

 80年代の最後に、優勝は逃したものの、続く90年代に期待を抱いた西武ファンは多かったのではないか。実際、90年から3年連続で本塁打王、2年連続で打点王。日本シリーズでも3年連続で第1戦に本塁打を放って日本一を呼び込んだ。92年オフに退団してメジャー復帰。その後も森監督の率いる西武は94年までリーグの頂点には立ち続けたが、日本一には届いていない。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:6/23(日) 16:01
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