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昭和天皇の不興を買い「切腹自殺」の田中義一総理とは――記者が語る「死」のお詫び

6/23(日) 17:00配信

文春オンライン

解説:資料なく自殺説は分が悪いが……

 現在の安倍晋三首相は「長州(山口県)出身で8人目」とされる。初代首相の伊藤博文、安倍首相の祖父の岸信介、弟の佐藤栄作は簡単に名前が上がるが、後の4人は? 山県有朋、桂太郎、寺内正毅、そして田中義一が正解。共通点は陸軍軍人だったことだ。田中の名前が海外で知られるのは「田中上奏文」(「田中メモランダム」)を作ったとされるためだ。

【写真】謎の「切腹自殺説」田中義一総理とは

「支那を征服せんと欲せば、まず満蒙を征せざるべからず。世界を征服せんと欲せば、必ずまず支那を征服せざるべからず……」に始まり、「日本帝国主義による世界侵略」の謀略の青写真とされる文書。1927年に田中首相が昭和天皇に極秘上奏した内容として海外で流布された。何者かが作った偽書であることはほぼ間違いないが、海外では「その後の日本はその通りになった」として、本物と信じる人が多い。

 陸軍機密費、松島遊郭、朴烈怪写真。田中内閣を揺るがした3事件はいずれもうやむやに終わった。田中首相は、最後は張作霖爆殺の処理で昭和天皇の不興を買って辞任。それから3カ月足らずのうえ、「側室」がいる「別宅」での急死だったため、「腹上死」など、さまざまなうわさが出た。しかし自殺という見方は、中島氏以外では、作家・松本清張氏が「昭和史発掘」の「満洲某重大事件」で、「同じことをある政治家の夫人から聞いたことがある」と書いているぐらい。「田中義一伝記」では主治医が心臓病と断言。「自殺説が巷間流布されたのは遺憾」として、原因は死亡直後、口が開かないように白い布であごを縛ったためのようだと説明している。前首相から前夜、「あす健康診断に来てほしい」と電話があったとも証言。自殺説は資料もなく分が悪い。さらに、見出しの「切腹」は「詰め腹を切らされた」意味としか受け取れない。

「昭和天皇実録」によれば、死去の知らせを受けた天皇は、「危篤に対し病気御尋」として侍医を派遣。翌々日には勅使として侍従を弔問に向かわせた。葬儀の日は午前中、「御沙汰書」を伝えて供花などを渡すため、別の侍従が訪問。午後は葬儀に侍従を参列させている。手厚い配慮には、辞任に追い込んだ自分の態度を「若気の至りであると今は考えている」(「昭和天皇独白録」)後悔があったのか。

小池新(ジャーナリスト)

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 政争苛烈の中で刀折れ矢尽きて謎の死を遂げた田中総理の秘密を当時の司法省詰記者が初めて公開する。

 初出:文藝春秋臨時増刊『昭和の35大事件』(1955年刊)、原題「田中義一大将の切腹」

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最終更新:6/23(日) 18:00
文春オンライン

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