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北朝鮮を脱出した女──人道支援と脱北ビジネスのはざまに生きる(前編)

6/24(月) 9:53配信

GQ JAPAN

本文70年以上にわたって独裁政権が支配する北朝鮮からの脱出を手助けする地下組織がある。このストーリーは命をかけて自由世界に到達しようとしたひとりの女と、彼女の手引きをしたいわくつきの男をめぐる顛末記である。

【北朝鮮からの脱出とそれを手助けする男についてもっと知る】

フェイスと呼ばれる女性

“地上の楽園“からの脱出が、どれほど困難であるのかを知らない北朝鮮人はいない。

フェイス(Faith)と呼ばれるその女性は、まず国境の河で監視カメラと警備兵をすり抜けねばならなかった。そうして中国に潜入できたとしても、危険な旅路はまだ始まったばかり。韓国大使館にたどり着いて亡命者保護が得られるまでには、中国を横断して東南アジア数カ国との国境を越える長距離移動が強いられる。そのどこかで見つかってしまえば、祖国に強制送還されて悪名高い収容所に送られ、ネズミを捕まえて飢えをしのぐ日々を送ることになるのだ。しかし彼女は、いまや決意を固めていた。いかなる危険や困難をもはねのけて、自由世界の一員になるのだと。  

北朝鮮から自由世界へと至るこの脱出経路と、脱北を支える人々は、“地下鉄道(underground railroad)“と呼ばれている。フェイスは2017年末に支援者の手助けを得て、ベトナムと中国との国境までやってきた。就学前のわが子ふたりと、他の5人の脱北者とともに、ベトナム人の案内で泥道を歩いていく。朝鮮語を口にすることは厳禁だった。ここまでの苦労のすべてが水の泡になってしまうからだ。やがて川に架かる橋があらわれ、ひとりの兵士が姿を見せた。案内人が敬礼をする。フェイスは、自分たちの運命がこの兵士ひとりにかかっていることをはっきり悟った。自由世界への最後の扉をくぐることができるのか、それとも一巻の終わりとなってしまうのか─彼女にできるのは、ただ祈ることだけだった。

フェイスは1970年代の後期に北朝鮮で生まれた。楽園での恵まれた暮らしは世界中の羨望の的だった─少なくとも、そう教えこまれて彼女は育った。実家では、金日成国家主席の肖像写真を母とふたりで磨く毎日であるはずだった。ぴかぴかにしていないと罰せられるので、じっさいには、見回りの前日にだけ磨くのだったが。数十万人の餓死者が出たといわれる1990年代半ばの“苦難の行軍“をフェイスは10代で迎え、食糧危機を生き延びた。松の樹皮や昆虫、カエルで食いつなぐ日々にたとえ不満があろうと、それを言葉にしたなら収容所に送られるという。だからフェイスは愛国的な歌を唱い、「この世に羨むものはない」というスローガンを唱和した。けれども彼女の家は中国との国境からわずか数マイルの場所にあり、国境の河をこっそり越える人たちもいて、2000年代の半ばまでには、彼女も韓流ドラマのDVDを心待ちにするようになっていた。アメリカに隷属してみじめな暮らしを強いられているはずの韓国社会に未来的なメガロポリスが広がっているさまを目にしてフェイスは絶句した。ソビエト連邦式の集団農場のような故郷とは別世界に思えたのだ。しかし何よりも彼女を虜にしたのは、韓流ドラマで描かれる男女の熱愛だった。北朝鮮の映画ではヒロインが心を寄せるのは“偉大なる首領さま“のほかには朝鮮労働党と決まっており、個人が自由恋愛をできる社会がこの世にあることに心底驚かされたのだ。

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最終更新:6/24(月) 10:49
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