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ルネサンス文化を愛した異色のイスラム皇帝【征服王メフメト2世(3)】

6/24(月) 6:05配信

幻冬舎plus

小笠原弘幸

およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。
ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏が、トルコ・中東工科大学に渡り、最新研究をもとにオスマン帝国の傑物10人を考察する新連載。1人目は、中世に終止符を打った稀代の征服王・メフメト2世です。*   *   *

ギリシャ古典を読破

メフメト二世は、オスマン帝国のみならず、これまでのムスリム諸王朝の君主たちのなかでも、もっとも特異な個性をもつ人物のひとりだといえる。その個性を形作っていた教養として、ギリシャ・ローマの文物や、同時代の西欧のルネサンス文化があった。

メフメトは、古代ギリシャの書物を好んで読んだ。コンスタンティノポリスの征服後には、コンスタンティヌス大帝の書庫より120冊におよぶギリシア語の書籍を収拾したという。メフメトの蔵書には、ホメロスの『イリアス』、クセノポンの『アナバシス』、ヘシオドスの『神統記』などのギリシャ古典のみならず、トマス・アクィナスの『神学大全』(原著はラテン語だが、これをギリシャ語に訳したもの)すらあった。

こうして古代ギリシャについての教養を身に着けた彼は、ペロポネソス半島征服後にアテネに立ち寄ったとき、そこにそびえるアクロポリスに驚嘆の声をあげたという。また、1462年にトロイの地を訪れたさいには、アキレウスの偉業と、これを伝えるホメロスを賞賛したとも。

ちょうどルネサンスを迎えていた、同時代のイタリア文化への関心も深かった。ヴェネツィアとの和平後に、画家ジェンティーレ・ベッリーニを招聘したのは、冒頭で触れたとおりである。また、ベッリーニに先立って、コンスタンツォ・ダ・フェッラーラというイタリア人がメフメト二世のもとで働いている。ベッリーニよりも知名度は低いが、画家にして彫金師であった彼は、メフメト二世の肖像画とメダルを作成した。オスマン帝国側の画家も、彼らヨーロッパの画家の影響をうけて、伝統的な細密画ながら新しいモチーフと手法を取り入れた絵を残している。この時代に花開いた、イスラム文化とルネサンス文化の混交の成果といえよう。 

 

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最終更新:6/24(月) 6:05
幻冬舎plus

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