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「羽田新ルート問題」が露呈させた“日本の民主主義”の危機

6/24(月) 21:00配信

現代ビジネス

 羽田新ルートと住民の「怒り」

 筆者の日々暮らしている品川区そして隣の港区、渋谷区の中で大きな“困りごと”が起きている。羽田低空飛行ルート問題という。大型旅客機が都心のど真ん中を400メートル、300メートルと高度を下げて羽田空港に着陸するルートだ。2020年を目ざして計画されている。

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 初めてこの話を聞いたとき、正直言って信じられなかった。なんであえて人口の密集した地域の上空を飛行航路に選ぶのか! 

 統一地方選挙のあった2019年4月の直前に、品川区議会(40名)が、この国策に対して全員一致で「容認することはできない」という一つの決議を行った。これにはいつもイデオロギー的に左右に分断する政党間の違いはなかった。当たり前だろう。80デシベルの騒音(パチンコ店の中! )と落下物の危険性、日常生活と環境破壊に対し、賛成する住民などいるはずがない。

 しかし昨年の12月20日を皮切りに、国交省が近隣の渋谷区、港区などを含めて、「羽田新ルート」にかかる「地域住民への教室型説明会」をやるたびに、住民の怒りは増すばかり。口では「丁寧な説明」と言うが、実情はほど遠い。マスコミはシャットアウト、写真、録音・録画の禁止、質問は一人3分以内……。これで国際比較「寛容さ92位」の意味が分かろうというもの。いったい日本は民主主義国なのか! 

 以下、日本の民主主義、経済効果と国民の幸福、持続可能な社会の形成などをめぐって、筆者の公共哲学の視点から意見を開陳したい。

民主主義と都民の「負荷ある自己」

 筆者は私憤にかられてこの文章を書いているのではなく、逆に義憤にかられているのだ。公私問題との関連で二つの極端な意見を避けたい。一つはいわゆる私的エゴの問題、もう一つは公的な忖度の問題である。

 私的エゴはNIMBYと呼ばれる。Not In My Back Yardの略なのだが、「うちの裏庭ではやめてくれ」といったところか。教養ある良き市民がいざ火の粉が自らにかかってくると途端に態度を豹変させる。

 時と場合によっては市民運動に住民エゴはつきものだ。最近では、都内港区の南青山で起こった出来事が記憶に新しい。「羽田新ルート白紙撤回」運動にそういう面はないかどうか、そのために法と正義論への考慮すなわち公共性の議論が必要なのである。

 公的な忖度とはこういうものだ。ある人が筆者に言った。沖縄基地の問題のことを思えば、われわれもこの程度の航空機騒音や危険性に我慢すべきではないか、と。これは問題のフェーズを取り違えている。

 安易に「彼らの苦労を思えば」という発想は、その苦労を無くしていく方向で問題を考えるよりも、「国策には忍従しなければならない」(滅私奉公)という民主主義を作り上げる方向とは逆の思考パターンを助長する。

 しかし残念ながら、この思考パターンは多くの国民の中にしみついている。われわれはこの点をよく知っておく必要がある。

 次にもう一つ重要なことがある。「羽田新ルート」の問題は、沖縄基地問題と性質が異なり、歴史上、外交上、国防上の問題はない。「経済効果」ないしは国民のGDP信仰、ただこの一点だけである。

 あらゆる面で東京一極集中の危険性を高め、今後に人口減少に向かう日本で持続可能な国づくりと逆行している国策だ。筆者はこう言っているわけである。つまり負の経済効果が大き過ぎる愚策だ。それで反対しているのである。

 それぞれのコミュニテイーごとに、課題をかかえている。民主主義はまずはそのコミュニテイーの課題を自治の力で解決していく住民参加からスタートする。東京の一極集中は東京の住民のみならず他地域の住民にも極端な不平等を生み出している。

 毎日のすし詰めの満員電車に押し込められた上、自宅に帰れば騒音と劣悪な住環境に悩まされている。逆に東京都民から吸い上げた税金は一兆円も他地域に強制的に再分配される法律が制定される始末である。完全に地方分権に逆行し、地方住民の誇りを傷つけ、彼らのお郷自慢の創意工夫と地方活性化の機会を奪っている。

 戦後70年経っても日本に公正な民主主義が根付いていない、そのことの身近な例証としてこの問題を取り上げている。民主主義はいまどこの国も危機だ、それは分かっている。しかしそういった評論家風の一般論にスリカエた途端に、その国の民主主義は育たないし、思考停止に陥る。

 かつて「ハーバード白熱教室」でブームになったマイケル・サンデルは、いわゆるリベラリズム(自由主義)批判のキーワードに「負荷ある自己」という言葉を使った。つまり共同体に暗々裏に刷り込まれた伝統があって、人々はこれに支配されてしまうということだ。だからこれを無視して民主主義を語れないといった内容だ。

 筆者は共同体主義者ではないが、この指摘は極めて重要であると考える。筆者の言う「公と公共の区別がつかない、滅私奉公の体質と、お上(かみ)に逆らえない伝統がある」というのはまさにこれである。

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最終更新:6/24(月) 21:00
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