ここから本文です

納税額の低い人を「税金泥棒」と見なす社会は、どう克服されてきたか

6/24(月) 7:00配信

現代ビジネス

そもそも国民の権利は、納税の「対価」なのか

 近年、納税額の少ない人間を「税金泥棒」と呼ぶ言説が登場し話題になっている。この興味深い言説が登場した経緯を簡単に振り返ってみよう。

凶悪犯罪続発!アメリカを蝕む「非モテの過激化」という大問題

 金融庁のワーキンググループによる報告書――「平均的な高齢夫婦の場合、毎月およそ5万円の赤字が続き、退職後の30年間でおよそ2000万円の不足が生じる」、「若いうちから積立、分散、長期の投資などを奨励」――を受けて6月4日に麻生太郎財務相が記者に対して、「100まで生きる前提で退職金って計算したことあるか?」と説教を始めた映像に国民の多くが面食らった。

 報告書に示される、威圧的な文字列に恐慌を覚えたこともさることながら、なぜこの財務大臣は、「100年安心」という建前を反故にする内容をこうまで偉そうに語ることができるのだという困惑が広がった。

 さらに「選挙が近い」という党派的な理由で自民党がこの専門家による報告書の受け取りを拒否することによって、議論そのものを拒絶するに至り、困惑は怒りとなり、その一端として「年金デモ」なるものも発生した。

 これに対して実業家の堀江貴文氏が18日にtwitterで発した一言「ほんとそんな時間あったら働いて納税しろや。税金泥棒め」がこの話題の始まりである。堀江氏は翌日のツイートで、デモ参加者を税金泥棒と呼んだ真意を次のように説明している。「このデモに参加している奴の大半は実質的に納税している額より給付されている額の方が多いんだよ。それを税金泥棒って言ってんだ」。

 堀江氏の説明により、明確になったその真意は、しかし国民の権利の基礎づけについての日本社会の危うい理解を可視化することになった。国民の権利は、納税の義務と表裏一体のものであり、受ける福祉よりも納税額が低い者は、この理解によれば「税金泥棒」となる。

 この理解に従うなら国民の権利は納税額により伸縮自在なものとなる。もしこの理解に立つならば、老人福祉も、障害者福祉も、生活保護も成り立たないはずである。福祉を必要とする者とは税金泥棒の別名なのだから。そして、もしこの理解に立つならば、高額納税者は、搾取され報われない悲劇の人々ということになる。

 当然こうした権利についての見解は、近代において我々が採用した国民国家の原則から見てまったく間違っている。権利とは伸縮するものではないし、そもそも納税の対価ではないからである。

1/4ページ

最終更新:6/24(月) 14:10
現代ビジネス

記事提供社からのご案内(外部サイト)

「現代ビジネスプレミアム」

講談社『現代ビジネス』

月額1000円(税抜)

現代ビジネスプレミアムは「現代ビジネス」の有料会員サービスです。2万本以上の有料記事が読み放題!会員だけの特別記事も配信。豪華ゲストによるセミナーも開催中。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

あわせて読みたい