ここから本文です

伊達公子が没頭した修士論文の中身。砂入り人工芝は日本テニスの大問題。

6/24(月) 17:01配信

Number Web

 「違和感」の種が胸にできたのは、思い返せば、初めて世界に飛び出した頃だという。

 “新時代のテニスコート”の触れ込みで砂入り人工芝が登場したのは、伊達公子が、高校生の頃だった。

【秘蔵写真】強くて美しい伊達公子にびっくりするほど可愛い松岡修造、錦織、フェデラーたちの若き日。

 身近なところで一気に普及したのは、1985年の神戸ユニバーシアード。イベント会場の神戸総合運動公園のテニスコートが砂入り人工芝になり、以降はジュニアや高校の大会も、砂入り人工芝で開催される機会が増えた。

 「悪天候にも強い」がそのコートの売りではあったが、伊達が思い出すのは、「水たまりがある中でプレーした」という記憶。また、足元が滑りやすく、球速もバウンド後に落ちるという「ネガティブなイメージ」だった。

“新世代のコート”への違和感。

 もちろん当時のそれは、あくまで一個人が抱く印象にすぎない。だが高校卒業と同時にプロとなり、ヨーロッパやアメリカでプレーする機会が増えていく中で、“新時代のコート”が実は、国外には全くと言ってよいほど存在しないことを知る。

 「今まで自分がやってきたサーフェス(コートの種類)が、世界に出ていく上での助けになっていない……」

 それはまだ、主義主張をかたどる前の、小さな違和感だった。

 違和感の種が芽吹くのは、それから20年近く経った頃である。

 2008年――当時37歳の伊達は、第1次キャリアの引退から12年のブランクを経て、競技テニス界に復帰する。

 その復帰戦の舞台となったのは、WTAツアー下部大会に相当するITF主催のカンガルーカップ国際女子オープン。会場の岐阜メモリアルセンター・長良川テニスプラザのコートは、砂入り人工芝だった。

早大大学院の修士論文という形に。

 この時、砂入り人工芝でプレーし改めて込み上げた違和感は、これまで積み重ねた知識や経験と結びつき、明確な言葉や思想としての姿を成す。

 そうして、復帰後問題提起を繰り返してきた彼女の行動は、今年3月、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士論文『日本人テニスプレイヤーの世界トップレベルでの活躍を阻むコートサーフェス』として実を結ぶまでになった。

 伊達が、砂入り人工芝を「世界での活躍を阻むコートサーフェス」と確信する理由とは何か? 

 そして彼女をそこまで突き動かす情熱の源泉とは? 

 WOWOWテニスアンバサダーとして全仏オープンを訪れていた伊達に、論文執筆を決意した経緯や、そこから導き出された結論を尋ねた。

1/4ページ

最終更新:6/24(月) 22:11
Number Web

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sports Graphic Number

文藝春秋

982号
7月11日発売

特別定価620円(税込)

カープに学べ。

なるか4連覇! カープの成功と愛される秘密を解き明かす
鯉のレッスン14講座

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ