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脱北の手引きをする男──人道支援と脱北ビジネスのはざまに生きる(後編)

6/25(火) 8:11配信

GQ JAPAN

70年以上にわたって独裁政権が支配する北朝鮮からの脱出を手助けする地下組織がある。このストーリーは命をかけて自由世界に到達しようとしたひとりの女と、彼女の手引きをしたいわくつきの男をめぐる顛末記の後編である。

【北朝鮮からの脱出とそれを手助けする男についてもっと知る】

スティーヴン・キムという男

スティーヴン・キムは700人以上の脱北を成功させてきた韓国生まれの男だ。彼の父親はクリスチャンだった。父も家族も教会通いはやめてしまったが、キムがキリストのことを忘れたことはなかった。

だが、中朝国境沿いの省で繊維関係のビジネスをしていた1990年代の半ばには金儲けで頭がいっぱいで、信仰は二の次になっていた。キムはスーツに札束を忍ばせて通りを闊歩し、物乞いをする痩せ細った北朝鮮の子どもたちに、高カロリー食である犬肉のスープをふるまった。その子たちから、河をひとつ越えた先で起きている飢餓の惨状を聞くうちに、深く心を動かされていた。そうするうちに1997年、彼の事業が破綻する。

キムの家族は港湾都市・大連にあるトイレ共同のボロアパートに流れ着いた。自殺も考えたが、その時、神の啓示のように、北朝鮮の浮浪児たちの姿が頭に浮かんだ。あの子たちはそれでも生きようとしているのだ。北朝鮮の人々とキリストのためにこの命を捧げようと彼は決意する。キムはわずかな預金の残りと骨董品などを売った金で安アパートを何部屋か借り、北朝鮮から逃れ出た人々を招き入れ始めた。キムと妻は炊飯器をつけっぱなしにして彼らの空腹を満たそうとした。

アパートが警察に踏みこまれた時には、あちこちを奔走して複数の宣教団やNGOからの寄付を集め、警察に賄賂をわたして脱北者たちを取り戻した。その後、モンゴルの韓国大使館に脱北者たちを送り届けようとゴビ砂漠を移動していた時には、キム本人が逮捕され、2カ月を獄中で過ごすはめになった。その窮地で彼は再び神の啓示を受け、やめようとしかけた脱北者支援を神からの使命と思い定めた。2002年にはまた中国東北部で暮らすようになり、NGOからの資金提供を受けて、少人数の脱北者グル ープを東南アジア諸国の韓国大使館へと導く仕事をするようになった。

2008年の北京五輪で中国の取り締まりが厳しくなり、北朝鮮がベトナム、カンボジア、ラオスに脱北者の逮捕拘束を強化してほしいと要請したこともあり、それまでNGOが行っていた脱北者を自由世界に送り届ける“地下鉄道“の仕事は、キムのようなブローカーの手を借りねばならない部分が多くなっていった。スティーヴン・キムはそうして重きをなすようになり、中国の警察からのマークも厳しくなってソウルに拠点を移し、そこから現地の知り合いに指示を出してコトを動かすようになっていった。

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最終更新:6/25(火) 8:11
GQ JAPAN

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