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【昭和の名車 09】トヨタ パブリカ コンバーチブルは、パタパタとゆったり走るオープンカー

6/25(火) 6:30配信

Webモーターマガジン

トヨタ パブリカ コンバーチブル:昭和38年(1963年)10月発売

昭和は遠くなりにけり…だが、昭和生まれの国産スポーティカーは、日本だけでなく世界的にもブームとなっている。そんな昭和の名車たちを時系列で紹介していこう。

【写真】インパネやセダンタイプなどをもっと見る

1955年(昭和30年)5月、通産省(当時)が発表した「国民車育成要綱案」、通称「国民車構想」は、発展途上にあった日本の自動車産業にさまざまな影響を与えた。
それは国産車の“大衆車路線”への重要な布石となったが、トヨタもその構想にのっとった1A1型小型試作車を1956年9月に発表、さらにこれは1961年6月に発売された「パブリカ」となって実を結んだ。

初代パブリカはあまりにも質素で、スパルタンな装備だったこともあり、あまり売れなかったが、1963年秋にデラックス仕様がデビューしてからようやく人気を得た。

その後、1963年10月に登場したのが、コンバーチブルのUP10S型である。スカイライン スポーツに続くオープンタイプとして、かなりの売上げを記録した。

スポーツカーと呼ぶには大人し過ぎる性能だったが、当時の日本ではスポーツカーといえばオープンタイプを意味していた(その逆も真ということになっていた)こともあって、パブリカの場合も、いわばセミスポーツタイプとして愛用された。

1966年末には大幅なマイナーチェンジが行われ、形式はUP20Sとなる。トヨタ スポーツ800譲りのツインキャブ790ccの45psエンジンが搭載されて性能的にも向上し、フロントグリルのデザインも改められた。

シャシはセダンタイプと大きな変更はなく、前輪はウイッシュボーン/トーションバー独立懸架、後輪は半楕円リーフ/リジッドアクスルで、ブレーキは前後ドラムタイプである。

フロントはバケットシート、4速フロアシフトのギアボックスで、一応スポーティなイメージであったが、最高速はUP20S型でも125km/hと、ごくつつましいものだった。しかし、このパブリカが昭和の自動車史に大きな足跡を残していることは言うまでもないだろう。

パブリカ コンバーチブル 主要諸元

・全長×全幅×全高:3585×1415×1335mm
・ホイールベース:2130mm
・車両重量:620kg
・エンジン型式・種類:2U-B型・空冷水平対向2・OHV
・排気量:697cc
・最高出力:36ps/5000rpm
・最大トルク:5.7kgm/4000rpm
・トランスミッション:4速MT
・タイヤサイズ:6.00-12 4PR
・車両価格:48万9000円

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最終更新:6/25(火) 6:30
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