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【モデル・雅子のがん闘病生活と夫婦愛】病の宣告、そして最期のとき

6/25(火) 14:30配信

webマガジン mi-mollet

84年からキャリアをスタートし、『anan』や『装苑』『GLOW』など第一線で活躍したモデル・女優の雅子さん。Jホラーの金字塔『リング』(98年)では貞子の母・志津子を演じ、微笑みながら黒髪を梳くシーンで鮮烈な印象を残した。
しかし雅子さんは症例がないほど珍しい“がん”を患い、2015年1月、50歳の人生に幕を閉じる。

そのとき夫の大岡大介さんは、“モデル・雅子”のキャリアをまったく知らない自分に気付き、雅子さんの友人や遺された誌面・映像から“仕事人・雅子”の姿を追いかけ始める。
その集大成が、7月26日から公開となる映画『モデル 雅子 を追う旅』だ。
撮影や編集をイチから学び、あらゆる工程を自己資金でまかなうなど、制作の全てを自らの手で行った大岡さんに、劇中では語られなかった雅子さんとの出会いから知られざる闘病生活、そして最期の瞬間までを聞いた。

“日焼け”をめぐってケンカ

「ファッションやモデル業界のことはさっぱりだったので、初めて会ったときも彼女が“モデルの雅子”だということは知りませんでした。
ひょんなことからフランス映画祭で彼女をエスコートすることになったのをきっかけにデートするようになったのですが、その夜、ドレス姿の彼女を見ながら、『きれいな人だなあ』『20代くらいかなあ』とかって一人でブツブツ言ってたら、『なに言ってんの、雅子さんはアンタの7つ上よ』と知人に教えてもらい、さらに驚きました」


『モデル 雅子 を追う旅』には、雅子さんを撮影してきたカメラマンやメイクアップアーティスト、編集者などが登場するが、誰もが口を揃えて証言していたのが、その肌の美しさとプロ意識の高さだ。

「彼女の中では30年間続けてきたことだからだと思いますが、スキンケアやスタイル維持といったことは歯磨きと同レベルで習慣化していたようです。だからストイックに努力しているような雰囲気はなかったですね。
でも最初に戸惑ったのは、日焼けへの徹底した配慮です。付き合った当初、オープンカーに買い替えたばかりだった僕は、屋根をフルオープンにして意気揚々と彼女を迎えに行ったんです。すると雅子は車に乗るなり嫌そうな顔で一言、『屋根、閉めて』とピシャリ。それからは助手席からも陽が入ってこないようにサンシェードをつけましたが、そうすると運転する僕はサイドミラーが見えにくい。よくそれで小競り合いになりました(笑)」

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最終更新:9/24(火) 17:24
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