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「父に愛されていたのは、私なんです」拳銃強奪事件・その他に見る、偉大すぎる親を持つ子の苦悩

6/27(木) 11:00配信

文春オンライン

マスコミは世相と絡めた動機を探すが……

 思い返せばこれまた元事務次官がらみの事件だが、08年に厚労省元次官が相次いで殺傷された際には、「消えた年金」が問題になっていたりしていたことから、「年金テロ」と深読みされた。しかし犯人を逮捕して取り調べてみると、40年前に保健所に愛犬「チロ」を殺されたことへの報復であったと判明する。あるいは秋葉原通り魔事件も「派遣切り」などの社会問題と絡められた動機を推測されたが、後の公判でそうでもないことがわかる。

 犯罪は世相のうつし鏡のようでいて、当事者からすれば、往々にして殺人はいたって個人的なものであるようだ。くだんの事件が家族同士の葛藤のすえに起きたように。

偉大な親を持って苦労した人たち

「親が偉大」でいえば、それこそ長嶋一茂は「ミスタープロ野球」とまで呼ばれた長嶋茂雄を父にもつ。いい大人になっても自宅の壁に「バカ息子」と落書きされてしまう長嶋一茂であったが、高校時代、「長嶋の息子のくせに、下手だな」と野次られたという。

 しかしそれは無理もない話である。長嶋一茂は9歳のとき、野球を止める決意をし、高校になってあらためて始めたのだから。少年野球をはじめるなり、「長嶋の息子」というだけの理由で、監督からは父親とおなじ「三番・サード」を担わされ、苦痛だったという。おまけに報道陣にまで囲まれる。

「マスコミの輪に囲まれたとたん、すっと友達がいなくなってしまう。これはきっと囲まれた人間じゃなきゃわからない、本当に寂しい経験なのだ」。9歳にしてそんな思いをし、「自分さえ野球をやめれば、このすべては終わる」ということでやめてしまう(注2)。そこで父親や自分の境遇を恨んだり、グレたりしても不思議ではない。

 ところが、野球をやるのが宿命であるかのようにふたたびグラウンドに戻り、プロにまでなってしまうのだからたいしたものだが、それでも「親の七光り」と思われがちなのだから、気の毒な話である。

 これまた野球選手親子の話だが、野村克也の息子・野村克則は現役時代、結果が出なければ、「監督にひいきをされて試合に出ている」とマスコミに叩かれ、逆に活躍すると「カツノリの活躍が、チーム内に不協和音を生む」と叩かれる。「いったいオレはどうすればいいんだ」、そう思ったこともあるという(注3)。

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最終更新:6/27(木) 11:27
文春オンライン

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