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賛否が割れた「テプラ」開発 大ヒットもキングジム社長が食らった「痛恨の一撃」とは

6/30(日) 8:12配信

NIKKEI STYLE

《連載》私のリーダー論

事務用品メーカーのキングジムは厚型ファイル「キングファイル」やラベルプリンター「テプラ」など、オフィスや学校でよく目にする商品で知られる。ほかにも、文字入力に特化した携帯端末「ポメラ」や手書きメモをスマートフォンでデータ化できるノート「ショットノート」といったユニークなヒット商品を連発。文具市場が縮小する中、過去5年で連結売上高を1割以上伸ばし約350億円を稼ぐアイデア企業だ。創業家出身で4代目社長の宮本彰氏(64)に小さくてもきらりと光る企業のリーダー像を聞いた。

■恐れず真っ先に飛び込め

――リーダーとして肝に銘じていることはありますか。

「私は『ファーストペンギン』という言葉をよく使います。マーケティングで言う『ブルーオーシャン(青い海、競合相手のいない領域)』に似た言葉なのですが、『世の中にない商品を創り出して市場を生み出すには勇気を出して最初に飛び込まなければならない』という意味です」

「これには色々な説があるようで、最初に飛び込むのは実は空腹に耐えかねた愚か者であるとか、勇気を持って飛び込むからこそ魚を真っ先に獲れると、いわれます。でも社員たちには『海の中にはシャチやアザラシなど、ペンギンにとって恐ろしい動物がたくさんいるけれど、恐れず真っ先に飛び込んでいこう。常に失敗を恐れず、商品開発に当たろう、新事業に挑戦しよう』と言っています」

■会社を二分したテプラ開発

――キングジムといえばテプラが有名です。宮本さんは1988年にテプラを商品化した後、92年に社長に就任しました。

「失敗を恐れず、チャレンジした成功体験といえます。テプラは私が専務時代に手がけたものです。ほかの役員の猛反対もありましたが強引に進めました。それが大ヒットしたタイミングで社長に就任できたというのは非常にラッキーでした。大きな自信につながりましたし、役員や社員のみんなも『ついていこう』という気になってくれました」

「37歳で父親の後を継いで社長になりましたが、役員は全員年上です。社長としてバカにされないためには実績を積むしかなかったのです。テプラが非常に大きなターニングポイントになったことは間違いありません」

――開発にあたって反対があったのですか。

「かなりありました。当社は『ファイル専門なのが強み』といわれていました。当時の社内では『ライバルの総合事務用品メーカーに勝てるとすれば、ファイル一筋で押していくことだ』という雰囲気が圧倒的でした。そんなときに『これからは電子文具だ』と言ったのです。事業好調で勢いにのっていた営業部門からは『ファイルだけで大変なのに、そんなものは売っていられない』と猛反発されて、会社を二分するくらいの雰囲気でした」

「とはいえ、まだまだ小さな企業でしたから、とにかく父である社長の了解を得ればOKだったのです。父には『売れないと最悪で5億円ぐらい損するかもしれない。大丈夫だろうか』と相談しました。当時の経常利益は10億円ほど。父は『それだったら会社は傾かないからやってみろ』と言ってくれました」

「あっさりOKが出たのは意外で、拍子抜けしたぐらいです。父はテプラの商品性とか電子機器の重要性を本当には分かっていなかったのではないかと思います。親ばかかもしれません。息子が本気になっているのを初めて見て、意気に感じてくれたのではないでしょうか。『やらせてもらった』という感じですね」

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最終更新:7/1(月) 9:47
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