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没後50年!「万引き家族」の 是枝裕和監督も愛する天才、成瀬巳喜男が描き続けた平凡な日常の中のきらめき<ザテレビジョンシネマ部 コラム>

7/2(火) 7:00配信

ザテレビジョン

日本には、国際的な名声を伴ったすばらしい監督が多数いる。有名(というか定番)なのは「黒澤明、溝口健二、小津安二郎」だが、彼らに続く“第4の巨匠”と呼ばれている成瀬巳喜男のことはご存じだろうか?

【写真を見る】成瀬映画のミューズ・高峰秀子の入浴シーン

成瀬ファンには当然、海外の鬼才たちも含まれ、ダニエル・シュミット、エドワード・ヤン、ウォン・カーウァイ、ジャン・ピエール・リモザン…と枚挙にいとまがない。例えばレオス・カラックスなどは好きが高じ、「汚れた血」('86)を引っ提げて日本に初来日した際には成瀬映画のミューズ、高峰秀子にぜひ会いたいと所望して、憧れの人と食事までしたのであった。

もちろん、日本の作り手の中にもフォロワーは認められ、今や世界に名をはせる是枝裕和もそう。一時期、小津映画との関連性を聞かれるたびに「成瀬の方が影響を受けており、好きなんです」とよく答えていた。

その成瀬監督はといえば、1905年8月20日に東京にて生を受け、1969年7月2日に逝去。今年は没後50年のメモリアル・イヤーに当たり、WOWOWでは“映画に出会う![没後50年 成瀬巳喜男監督特集]”と称して、日本映画史上に輝く「浮雲」('55)を筆頭に、「歌行燈」('43)、「めし」('51)、「放浪記」('62)、「乱れる」('64)の全5作を放送する。ここでは、これらの作品を中心に、ささやかながら成瀬映画の魅力を綴ってみたい。

さて、小津安二郎が1903年生まれだから同世代と言っていいだろう。そればかりか小津も成瀬も、もとは松竹蒲田撮影所の同僚として肩を並べ、同じく「小市民もの」を得意としていた。だが成瀬は撮影所長(後の松竹社長である城戸四郎)から「小津は2人いらない」と言い放たれ、当時誘いのあったP.C.L.(Photo Chemical Laboratory=株式会社写真化学研究所。東宝の前身)を新天地としたのはよく知られる話だ。

P.C.L.や東宝でのその作風は多岐にわたるが、ざっくりまとめれば「文芸映画」「女性映画」の名手になろうか。しかし、本当にオールラウンドであって、戦前戦中だと「芸道もの」というジャンルでも活躍しており、「歌行燈」や「桃中軒雲右衛門」('36)、「鶴八鶴次郎」('38)、「芝居道」('44)といった作品が並ぶ。役者や芸能に携わる人々が主人公で、目の前の苦難と闘いながら自分を見つめて精進してゆく物語が基本である。

「歌行燈」は、将来を期待されていたが破門となった元能楽師の喜多八(花柳章太郎)が、若気の至りで自殺に追いやってしまった男の娘を、罪滅ぼしで救済しようとする。娘は父親の死後、いろいろあって芸者になるのだが、何一つ芸がなく、あとはもう身を売るしかなくなっている。さあ、ドーするドーなる? 喜多八が娘に本格的な“舞”を伝授するのだ。朝もやが立ち込める林の中での、特訓シーンのすばらしさ!

また、「鶴八鶴次郎」は幼い頃から一緒に舞台に上がっていた新内節の男女コンビ、鶴次郎(長谷川一夫)と鶴八の笑わせ泣かせる芸人ストーリーで、どちらもヒロインは山田五十鈴(「芝居道」も。長谷川一夫と再共演)。全くこのジャンルだけでも完成度が高く、語りがいがあるのだけれども、しかし、成瀬映画のメイン・ストリームは戦後の作品群にこそある。

50年代に入ると成瀬監督は、庶民の哀歓を慈しんで描いた林芙美子の小説と出合い、彼女の原作で計6本の映画化を果たす。その第1弾は、いきなり未完の絶筆へと挑んだ「めし」。親の反対を押し切って結婚したものの、5年という月日を経て“倦怠期の危機”に陥った夫婦の話である。

舞台は大阪。子どもはおらず、しがないサラリーマンの夫は「腹減った、めし」ぐらいしか口を開かなくなって、砂をかむような毎日。おまけに、自由気ままなめいっ子が家に転がり込んできて居候し、夫は妙にうれしそう。堪忍袋の切れた妻はとうとう東京の実家へ。

成瀬監督は美男美女スターの代表格、上原謙と原節子をとことん生活にまみれさせ、従来とはひと味違うチャームさを引き立ててみせる。巧みな場面転換と時間省略。ロケと見事なセットとの有機的融合。何げないが含蓄ある会話、繊細な心理描写が観る者を楽しい深読みへといざない、そして一見平凡な日常の端々に“人生のきらめき”が息づいていることをさりげなく教えてくれる。

このあと、林芙美子原作の映画は「稲妻」('52)、「妻」('53)、「晩菊」('54)と続き、これらがまた皆、一つ一つ上質な作品であるのだが、次に登場したのが成瀬映画の中でもちょっと規格外の傑作「浮雲」だ。主演は冒頭に紹介した、子役時代から長いキャリアを持ち、日本映画を代表する大女優となった高峰秀子と、二枚目にして色悪のにおいを漂わせるユーティリティな名優、森雅之。

戦争中、タイピストであるヒロインは仏領インドシナへと渡り、そこで出会った農林省技師の男に惹かれ、結ばれて、既婚者と知りつつ戦後もズルズルと関係を続けていく。『めし』の夫もダメな男であったが、『浮雲』の方はもっとひどく、クズな男。が、女性を引き付けてやまぬサムシングを持っていて、とても通常の倫理観では計れない。言ってしまえば“腐れ縁”の男と女の映画なのに、成瀬監督の手にかかればそれが崇高な、純化された愛の姿に見えてくるから不思議だ。ちなみにあの小津安二郎も、「俺にはできないシャシン」と感服したという。

「浮雲」は高峰秀子の圧倒的な名演が語り草だが、東宝創立30周年記念映画「放浪記」、成瀬監督が林芙美子作品から離れて松山善三の脚本に挑んだ「乱れる」もそう。とりわけ「放浪記」は、超ロングランとなった森光子主演の舞台で有名な原作は、林芙美子が自らの日記をもとに放浪生活の体験を書いた半自伝体の小説である。極貧を生き抜いた彼女が(ゲスな男たちにだまされながらも)流行作家として成功するまでが綴られ、成瀬監督は“林芙美子的世界”の総仕上げとしてここでも女性を偶像視、理想化することなく、しかしひたむきに、時にしたたかに生きてゆくさまを静かに見守る。

映画評論家の川本三郎氏の著書「成瀬巳喜男 映画の面影」(新潮選書)によれば、林芙美子とは「戦後社会をうまく生きてゆくことの出来ない」「陽の当たらないところにいる」人々を思いを込めて描いてきた作家であり、「市井の貧しい暮らしにこそ親しみを寄せ続けてきた成瀬巳喜男」と“肌が合った”と解説している。

なるほど、「万引き家族」('18)を撮った是枝監督が敬愛するはずである。

■ 文=轟夕起夫

ライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」「クイック・ジャパン」「ケトル」「DVD&動画配信でーた」などで執筆中。モデルとなった書籍「夫が脳で倒れたら』が発売中。(ザテレビジョン)

最終更新:7/8(月) 17:04
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