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本当の“日本古来”とは何なのか 古事記・万葉集・伊勢神宮・天皇から考える

7/2(火) 6:05配信

Book Bang

 私が二十代のころ(一九六〇年代)、日本の知識人一般の間では、戦前までの軍国主義ファシズムと結びついた天皇制に対する嫌悪感や憎悪感が支配的であり、天皇存在と密接に関係する伊勢神宮(神社文化)、『古事記』(高天原神話)、『万葉集』(「海ゆかば……」ほか)などに対しても、違和感・警戒感・反発感が漂っていた。しかも、右翼・保守系は戦前の皇国史観を引きずった誇大に美化されたヤマト観を温存していたし、逆に左翼・革新系は天皇制を全否定あるいは忌避・無視したので、両者の間に天皇制とはなにかという本質論を深めるための対話は生じなかった。

 私は大学院では演劇学を専攻して、演劇・祭式という、生身の身体が作り出す動きつつある観念の世界を知るにしたがって、文字で書かれた文献世界とは異質な領域があることに気づいた。そのような中で、演劇を源へと遡るうちに、『古事記』(七一二年)にたどり着いたのだが、それ以前の、少なくとも縄文以来の一万数千年に及ぶ無文字時代の日本列島民族文化にまで進むには、考古学以外にも、アジア全域を視野に入れた文化人類学の知見を手がかりにするモデル論的視点が必要になった。その結果、一九九四年(五十二歳だった)から、中国雲南省を中心とする長江流域少数民族文化の現地調査を開始したのである。

  この地域には、縄文・弥生期に近い生産・生活形態でかつ無文字文化の少数民族が、“生きた化石”のように原型的な文化を維持しながら多数存在していた(現在はその文化の多くが改革開放の波に飲み込まれて変質・消滅しつつあるが)。

 自然と共生するアニミズム系文化に特徴を持つこれら少数民族文化は、長江流域から南アジア全域に分布するアニミズム系文化圏を形成していて、古代日本列島文化は、その東の端に所属していたのである。それらアニミズム系文化(国家段階では切り捨てられるのが普通)を濃厚に継承してヤマト古代国家は成立し、その結果、『古事記』、『万葉集』、伊勢神宮祭祀、神祇令祭祀(その頂点が大嘗祭)が誕生することになった。そして、これらの源を日本の国境を超えたアジア基層文化圏の中に位置づけたことによって、戦前のような、誇大に美化された偏狭な国粋主義・愛国主義に向かわない日本論が見えてきた。

 天武・持統朝(六〇〇年代末)に整備が開始された、国家運営の実利性重視の行政組織と、縄文・弥生期以来のアニミズム系文化の結晶である祭祀機関から成る統治機構は、武士政権時代に移行しても生き続け、明治の近代化ではさらに強化され、敗戦後の民主国家の日本においてさえもその基本構造が維持されるという、希有な歴史をたどった。本書で私は、現代日本社会を最も深い層から動かしている力学の把握を試みたのである。

 ※日本をアジア基層文化からとらえ直す――工藤隆 「波」2019年6月号より

[レビュアー]工藤隆(大東文化大学名誉教授)
くどう・たかし

新潮社 波 2019年6月号 掲載

新潮社

最終更新:7/2(火) 10:48
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