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坂本龍一が語る、本の可能性

7/3(水) 18:00配信

T JAPAN web

“紙”の本に未来はあるのかーー。メディアとして本がもつ可能性を、坂本龍一との対話を軸に考察する

 本はかつて本だった。本といえば、それは紙の束を片側でバインドした、そのハードウェアの形式であり、同時にその形式のなかに格納された情報体を指していた。中身とそれを格納する器は不可分のものだった。ところが、デジタルデバイスの登場によって、不可分だったはずのものを分離することが可能となった。中身は「コンテンツ」という名のものに置き替わり、紙の束は「フィジカルの本」と呼ばれる、選択可能な「オプション」となった。今「本」と言ったとき、それがいったい何を指しているのかは、実に曖昧だ。コンテンツとしての本の話なのか、ハードウェアとしての本の話なのか。そもそも「本」とはいったい何を指していたのか。そうした混乱のなか、いまだに延々と繰り返されてきたのが「紙の本のよさ」をどう擁護しうるのか、という議論だ。
 とはいうものの、「紙のよさ」を説いたところで、少なくとも新聞や雑誌はデジタル空間に飲み込まれていくのは確実な趨勢(すうせい)なようで、それに歯止めをかけるには、悲しいかな無力にも見える。その一方でフィジカルのプロダクトには、それ自体が放つインパクトがあるのはたしかだ。フィジカル空間の中に投げ出された情報は、デジタル空間の中に投げ出された情報とはまったく異なる伝播性がある。

「本はパフォーマンスかもしれない」。そう言ったのは音楽家の坂本龍一さんだ。坂本さんに「本の話」をお伺いするという、この取材の中で、80年代に自身が主宰していた出版社について言及されたときのことだった。「本本堂という出版社をやっていたんです。はじめたのが1984年のことで、その年は、ナムジュン・パイクやヨーゼフ・ボイス、ローリー・アンダーソンなんかが日本にやってきて、いわば『メディアパフォーマンス』元年と言ってもいい年でした。そうしたなか自分も何かやりたいなと思ったときに、父親が編集者だったこともあって最もなじみの深いメディアとして本というものがありましたので、それを使って実験的なことができないかと考えたんです」

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最終更新:7/3(水) 18:00
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