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【ホンダF1活動第2期の10年 その7】マクラーレン・ホンダ MP4/4は16戦15勝を挙げた「史上最強のマシン」だった

7/4(木) 18:30配信

Webモーターマガジン

ターボ時代終焉を告げる記念碑的マシン

ホンダF1活動の第2期を振り返る連載企画第7回はいよいよ「史上最強のマシン」が登場する1988年のストーリーだ。マクラーレン・ホンダ MP4/4は圧倒的な速さを見せ、もはや負ける気がしなかった。セナとプロストが築いた、奇跡の1年だった。

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1988年は歴史に残るシーズンとなった。ポップオフバルブを導入してもターボパワーを抑えることができず、またホンダの独走が長く続いたこともあり、FIAはついに翌1989年からの3.5L 自然吸気化を発表。1988年限りでターボが禁止されることになったのだ。

ターボ最終年となった1988年、エンジンのパワー規制はさらに厳しくなり、ブースト圧は4バールから2.5バールに、レース中の燃料使用量は195Lから150Lに引き下げられた。

しかし、ホンダは低燃費技術を駆使して、またもやこの難題をクリア。たしかにパワーはダウンしていたが、ライバルとのパワー差はさらに大きなものになっていた。

この年からホンダはエンジンの供給をウィリアムズからマクラーレンにスイッチ。前年からコンビを組むロータスとあわせて、2チーム体制となっている。

ホンダが新たにコンビを組んだマクラーレンは、シャシ性能、チーム力、ドライバー体制いずれも強力だった。

ゴードン・マーレイのデザインのシャシは低く細く、前面投影面積が小さく、リアウイングへの効率よく空気を流すためサイドポッドは低く絞り込まれていた。こうしたデザインを実現するため、エンジンのクランクシャフトの位置を下げ、またギアボックスのクラッチプレートを小径化するなどの改良が施されていた。

そしてこの年、アラン・プロストが7勝、アイルトン・セナが8勝と、ふたりで16戦15勝という歴史的勝利をあげた。唯一イタリアGPでフェラーリのゲルハルト・ベルガーに優勝をさらわれ、シーズン完全制覇はならなかったが、マクラーレンMP4/4が史上最強のマシンだったことは明らかだ。

もちろんコンストラクターズタイトルを獲得。ドライバーズタイトルは、総得点でプロストが上回ったものの、有効ポイント制によりセナのものとなった。(写真:金子 博)

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最終更新:7/4(木) 18:30
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