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【ホンダF1活動第2期の10年 その8】ロータス・ホンダ 100Tの人気は高かったがタイトル奪取の使命は果たせず

7/5(金) 12:09配信

Webモーターマガジン

前年の経験をうまく活かすことができず

ホンダF1活動の第2期を振り返る連載企画第8回は、最強のホンダエンジンを搭載した「ロータス100T」を紹介する。当時のロータスはF1界のトップチームであり、ホンダエンジンを搭載する「もうひとつ」のチームではなかった。ドライバーの布陣には世界チャンピオンと全日本チャンピオンを揃え、主役となるはずだった。

【写真】キャメルイエローのマシン、中嶋&ピケ選手の勇姿を見る

ホンダF1活動第2期の中でも「最強」の名を欲しいままにした1988年。ロータスもマクラーレンとともにホンダエンジンを搭載して活躍している。

成績的に見ると、同じ「RA167E」を搭載するマクラーレン・ホンダMP4/4に圧倒されたが、高まるF1人気の中でキャメルイエローのロータス・ホンダ100Tは日本でも大きな注目を集めた。

前年からホンダパワーを手に入れたロータスは、勇躍アクティブサスペンションを採用した先進的で意欲的なマシン「99T」を投入したが、なかなかその最新技術の熟成が進まず、この年1988年の「100T」ではアクティブサスペンションの採用を諦め、通常のコンサバ路線へと回帰した。

しかし、このことが開発の継続性を途絶えさせることになり、かえってライバルに対し技術の遅れとなったのは皮肉だった。たしかに同じエンジンを積むマクラーレンMP4/4と比べると、マシンが大きくて太い印象は拭えなかった。

結局、前年のチャンピオンでありブラジル出身の超大物ドライバーであるネルソン・ピケ、ホンダエンジンの開発にも携わった日本のトップドライバーである中嶋悟を擁しながら、またマクラーレンよりも1年早くホンダエンジンを獲得していたにもかかわらず、それを好成績に結びつけることはできなかった。

開幕前からマクラーレンとともにチャンピオン候補にあげられていたが、トラブルやミスに苦しみ、思うような成績をあげることはできなかった。

ピケが3度の3位入賞を果たし、中嶋悟が鈴鹿で予選6位決勝7位という成績を残すなどしたが、コンストラクターズランキングでは、マクラーレン、フェラーリ、ベネトンに次ぐ4位だった。

ホンダの1.5Lターボの最終進化形となるRA168E。パワーや燃費ばかりではなく、低重心化、コンパクト化にも配慮して設計し直されていたが、ロータスはマクラーレンほどにはそれをうまく使いこなすことができなかったというわけだ。(写真:金子 博)

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最終更新:7/5(金) 12:09
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