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【天才ライダーの苦闘】鈴鹿8耐・栄光のTT-F1レプリカ[1988]#スズキ×ヨシムラ編-01

7/5(金) 17:30配信

WEBヤングマシン

~1988 YOSHIMURA/SUZUKI GSX-R750 ケビン・シュワンツ&ダグ・ポーレン~

世界中のレースでその速さを見せつけていたスズキ・GSX-R750を名門ヨシムラが磨き上げ、飛ぶ鳥を落とす勢いのケビン・シュワンツが駆る。勝って当然、に思えたが――。

【レースギャラリーあり:すべての写真を見る】

※ヤングマシン2016年8月号より復刻

マシンはF1チャンピオン、ライダーはバカッ速。だが……

’84年にアメリカAMAスーパーバイクにデビューしたケビン・シュワンツ。ポップ・ヨシムラこと吉村秀雄にその才能を見出され、’85年にはヨシムラから鈴鹿8耐に参戦している。

その8年後には世界グランプリでタイトルを獲得するのだが、当時は名もなき21歳の若きアメリカン。特徴的なリーンアウトのフォームも「あの乗り方はおかしい」と評される始末だった。

しかしシュワンツは、鈴鹿8耐デビューのその年に、グレーム・クロスビーとのペアでいきなり3位表彰台を獲得し、非凡さを見せつける。その後もヨシムラと濃密な関係を続けたシュワンツが鈴鹿8耐の優勝トロフィーを奪うのは、時間の問題だと思われた。

【写真解説:[ヨシムラ・スズキ・シエットGP-1]’88年のヨシムラは、WGPフル参戦1年目第1戦の日本GPで勝利を上げて波に乗るシュワンツと名手ポーレンが#12車をライド。シュワンツは’85、’86年の8耐で2位を獲得済みで、残るは表彰台の頂点のみだった――】

──そう簡単にことが運ばないのが、鈴鹿8耐の難しさであり、面白さでもある。ヨシムラは、世界に名だたるトッププライベーターであり、鈴鹿8耐第1回大会の勝者でもある。プライベーターという呼称が似つかわしくないほどの実力を備えている。

特にTT-F1になってからは、GSX-R750を徹底的にチューニングし、圧倒的と言ってもよい強さを発揮。全日本ロードレースでは初代チャンピオンこそモリワキの八代俊二に奪われたものの、その後は辻本聡、大島行弥によって3年連続タイトルを獲得したのだった。そのヨシムラをもってしても、鈴鹿8耐の頂点は遠かった。

【写真解説:この年にWGPフル参戦を開始したシュワンツにとって鈴鹿8耐は4回目のチャレンジ。リスキーだが転ばなければ速さはスゴイ、そんな走りに多くのスズキファンが今年こそはと期待を寄せた】

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最終更新:7/5(金) 23:23
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