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八村塁の母と恩師が語る壮絶過去 「カツアゲの濡れ衣」を着せられたことも

7/5(金) 5:57配信

デイリー新潮

 マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、シャキール・オニール……。綺羅星の如く著名プレーヤーが踏んだ晴れ舞台に、ついに日本人が立った。ニューヨークで行われたNBAのドラフト会議に臨み、ウィザーズから1巡目、全体9位で指名された八村塁(21)。ベナン人と日本人のハーフで富山県出身の彼は、いかにしてこの晴れ舞台までたどり着いたのか――。

【写真】億万長者の仲間入りを果たしそうな息子に、母の麻紀子さんは「プロに進んでも、まだ一歩一歩努力している過程」

 八村の父、ザカリ・ジャビルさんと母の麻紀子さんはドラフト会議の会場で息子が指名される瞬間を迎えた。そして、指名が発表されると、八村はまず麻紀子さんと抱き合い、次に父親と抱擁を交わしたのだった。

 八村がバスケットボールと出会ったのは、中学時代。小学生の時は野球と陸上をやっていたというから大きな「転機」と言えそうだが、同じ頃、プライベートでも「変化」があった。彼が中1の時、両親が離婚したのである。それについて、以前、本誌(「週刊新潮」)の取材に応じた母親の麻紀子さんは、

「別れた後も、塁は普通に父親と会ったりしていましたから、私が“女手一つで育てた”というわけではないのです」

 と語っていた。この点、八村の恩師、富山市立奥田中学バスケットボール部コーチの坂本穣治氏に聞くと、

「あいつが苦しんできたのを見てるから……」

 と、言葉を詰まらせる。苦しむ八村を救ったのは、バスケットボールだった。

カツアゲの濡れ衣

「“八村は野球部にも陸上部にも入らないらしい”と聞いたので、バスケ部のメンバーに“一回連れてこい”と私が言ったのです」

 坂本氏がそう振り返る。

「バスケ部に入ってからは、常にNBAの話題を振り、マイケル・ジョーダンらの映像を見せた。それで塁の心の中でもNBAへの夢が膨らんだのでしょう。中学卒業時には“NBAに行く”と豪語するようになっていました」

 その夢が実現したドラフト会議の席。そこに臨んだ八村のジャケットには日の丸のバッジがあった。

「彼は日本人であることを強調する一方、黒人とのハーフであることにも誇りを持っている。そうしたことに自覚的になっていったのは、やはり成長の過程で多くの偏見にさらされてきたからだと思います。彼が育った富山は、都会と違ってハーフの子が少ないので、どうしても奇異の目で見られてしまうのです」(同)

 中学の時には、カツアゲの濡れ衣を着せられそうになったこともあったという。

「中学校の近所のゲームセンターから“背が高くて黒い子がカツアゲをした”と学校側に連絡があり、塁が呼び出されたのです。塁は“オレじゃない!”と何度も否定するのですが、教師たちは“お前しかいない”と言って信じなかった。結局、後になって、犯人はサッカー部の肌が黒い子だと分かりましたが……」(同)

 そうしたことがあり、坂本氏はさらに「NBA」を強調するようになった。“お前が輝くのは日本ではなく、個が優先されるアメリカだ。NBAに行けば、輝ける”と――。

「彼がすごいのは、そうした偏見の中でグレてしまうのではなく、ベナン人の父、日本人である母の血の両方に感謝しよう、と素直に思えたことだと思います」

 と、坂本氏。

「彼が進んだ宮城の明成高校バスケ部の佐藤久夫監督が“ハーフの大将になれ”と指導したことも、彼のアイデンティティの形成に大きな影響を与えたはず。佐藤監督とは電話でよくやり取りをしていましたが、ある時、八村の生活態度について相談されたので、“彼の心の半分はアフリカなのです”と言ったことがある。あまり日本式の枠にあてはめないほうがいいんじゃないか、という意味です」

 素晴らしい指導者に導かれたおかげで、不動の「軸足」が定まったのだ。

「週刊新潮」2019年7月4日号 掲載

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最終更新:7/5(金) 11:55
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