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3人で計148盗塁!スーパーカートリオの真実/ホエールズ&ベイスターズ70年企画

7/6(土) 11:09配信

週刊ベースボールONLINE

現在、ホエールズとベイスターズ、70年の歴史をまとめた『1950-2019ホエールズ&ベイスターズ70年の航跡』が発売中だ。同書に球団の選手、関係者の証言で歴史を振り返る「時代の証言者」を掲載しているが、同企画をここに公開する。

トリオ結成の背景

 横浜スタジアムのカクテル光線に照らされ、縦横無尽にダイアモンドを駆け巡る3人の選手たち。彼らが塁に出れば、必ずと言っていいほど走った。「来るぞ、来るぞ」と胸をときめかす観客の視線。ピッチャーが足を上げればすかさずスタートを切り、次の塁を華麗に奪う。足を使ったスリリングな野球は、低迷していた横浜大洋ホエールズにあってファンから多くの支持を受けた。1シーズンで彼らが決めた盗塁の合計はなんと148個に及ぶ。

 球史に残る驚愕の数字を残した“スーパーカートリオ”――3人が塁間を駆け抜ける韋駄天のごとき雄姿は、今でも多くの人たちの心に刻まれ、伝説として語り継がれている。

 きっかけは1985年に近藤貞雄監督が就任したことに始まる。1982年に中日を優勝に導いた近藤監督は、当時としては革新的なアイデアマンだった。中日のコーチ時代にアメリカのピッチング理論を学び、投手の酷使による弊害を知ったことで日本球界でいち早く投手分業制を確立した。また代打や代走の起用も含め、チームが勝っていれば積極的に守備固めを使い、負けていればレギュラーを引っ込め次から次へとベンチの選手を起用するなど、そのモダンな戦術において他の指揮官とは一線を画す存在だった。

 就任にあたり、近藤監督が考えたのは横浜スタジアムのフル活用だった。当時ハマスタはリーグで一番広い球場で、フェンスが高くホームランが出づらいスタジアムだと言われていた。ならば守りが堅く、足の速い選手を前面に出していこう。ここまでならば普通の発想だが、近藤監督は違った。足の速い選手を置くのならば通常は一、二番だが、クリーンアップの一角である三番にまで俊足の選手を置くことを近藤監督は決断した。

 そこで白羽の矢を立てたのが、まず前年に盗塁王を獲得した高木豊。レギュラーとして活躍する3割打者だ。2人目は足の速さに定評はあったが前シーズン11盗塁とまだ能力を生かしきれていなかった屋鋪要。ゴールデン・グラブ賞を獲得した外野守備のスペシャリストでもある。そして3人目は1983年に阪神から移籍をしてきた加藤博一。33歳とベテランだったが阪神時代の1980年には34盗塁を記録している。

 春季キャンプで3人の選手はそれぞれ監督室に呼ばれ、次のように告げられた。

「いいか、50個アウトになっていいから、100個走れ!」

 こうして、スーパーカートリオは誕生した。

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最終更新:7/6(土) 11:09
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