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サハラ砂漠の危険な旅路 出稼ぎ者と移民とともに旅する

7/6(土) 16:31配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 神秘的な光景がどこまでも続くように思えるアフリカ、サハラ砂漠。ナショナル ジオグラフィック2019年7月号のためにニジェールを取材していた私(ロバート・ドレイパー氏)と、写真家のパスカル・メートル氏は、1週間かけてこの砂漠を横断することにした。

ギャラリー:サハラ砂漠の危険な旅路を行く 写真15点

 ただ根拠もなく出かけたわけではない。ニジェールにとってサハラ砂漠とは「ここで秩序が終わる場所」と言える。砂漠の向こう側にあるのは政情不安な国ばかりだからだ。北はリビアにアルジェリア、西にマリ、そして東にはチャド。言い換えれば、サハラ砂漠抜きで、ニジェールが立たされている苦境を理解することはできないのだ。

 サハラは人っ子ひとりいない緩衝地帯であるというのは誤解だ。確かに、ニジェール北部の都市アガデスからリビアとの国境線までの1300キロは、まるで大海原を行くようで、美しく荘厳だが過酷だ。メートル氏と私は、経験豊かなサハラガイドのモハメド・イクサ氏と熟練の自動車修理工、そして運転手を伴いサハラ横断の旅に出た。彼らにとっては、奇妙な砂丘や地形の変化が道しるべだ。ほかには何もない。1日中運転しても、生きているものに全く出会わないこともある。ただボロボロのタイヤだけが何もない砂漠にぽつんと頭を突き出し、不運に見舞われ目的を達せなかった旅人が眠ることを伝える。

 茫漠(ぼうばく)としたサハラには、道路すらない。だが、熟練した者だけに見える2本の道が、並行して存在すると言われている。

 1本は一般に認められたルートだ。貨物を乗せたトラックや、それぞれ20人ほどの乗客を荷台に乗せたトヨタ・ハイラックスが、ニジェール軍に護衛されて、毎週のようにこの道を通ってアガデスとリビアの国境の街を往復している。乗客の多くが、ニジェールからリビアへ出稼ぎに向かう労働者だが、なかにはアフリカ大陸脱出を試みる西アフリカ諸国からの移民もいる。

 護衛されているからと言って、旅の安全が保障されているわけではない。3日間の道中、もしトラックから転落するようなことがあっても、車列は止まってくれない。病気になっても医者はいないし、食べ物がなくなればそれきりだ。軍が守ってくれるのは、イスラム過激派組織からの襲撃くらいだ。

 もう1本の道は、軍の監視がないルートだ。麻薬や銃の輸送者、強盗の通り道でもある。私たちは両方のルートをたどることにした。そのため、ニジェール軍の武装兵士10人に同行してもらった。

 ところで、紹介した2本の道は、「希望の井戸」と呼ばれる枯れ井戸で合流する。周囲には、6台ほどの廃車が砂に埋まっていた。私たちが到着すると、リビアからアガデスへと向かうトラック約100台が休憩のために停車していた。運転手たちはおのおの、水タバコを吸ったり仮眠をとったりしている。その中の1人がこちらへ手を振り、100メートルばかり離れたところにある4ドアのセダンを指差した。

「俺の車だ。1年半前に故障したきりなんだ。軍に持って行かれる前に修理代を稼いで、アガデスまで持って帰らないと」

 1時間後、人々はトラックへ戻り、車列はがたぴしと音を立てながら動き出した。私たちは彼らとは反対に、リビアへ向かって北に出発した。しばらく行くと、半分砂に埋もれた自動車に出くわした。すると、車のドアが突然開け放たれ、中から男が出てきた。

 ナップザックを背負い、水筒を肩にかけてこちらへよろよろと近づいてきたが、途中で膝をつくと、か細い声で「自動車が故障して仲間に捨てられた」と訴えた。通りかかったトラックの集団に助けを求めたが、運転手たちは彼を砂漠の強盗と思い込んだのか、そのまま通り過ぎたという。護衛のために私たちに同行したニジェール兵は、確認のために彼の名前と住所を控えると、トラックの荷台に乗せて再び出発した。

 翌日、さらに砂漠を進むと、今度は1匹の羊を見つけた。どこかのトラックの荷台から落ちてしまったのだろう。興奮した羊をしばらく追い掛け回した後、何とか取り押さえ、トラックに乗せた。

 やがて、ディルコウ村に到着した。村のはずれには、有刺鉄線が張られたフェンスと、大きな倉庫があった。倉庫には何の看板もなかったが、イスラム過激派を見張るための監視用ドローンが収められているという。村に入ると、ガソリンを売る建物を目指した。ゲートで囲まれたこの建物を所有する村長が、ガソリンを買いに来た私たちを快く歓迎する。建物のなかには、ダチョウ、クジャク、ガゼル、そして数羽のアヒルがいて、まるでミニチュア動物園のようだった。なぜサハラ砂漠のど真ん中にこのような動物がいるのかは、今も謎だ。

 その後、オアシスの町セゲディーンまで北上した。正式な書類を持たない移民を斡旋する闇業者は、ここを通過点に利用している。米国映画の西部劇に出てくるように、通りは広くて何もなく、地元の人々は私たちの小さな隊列が通り過ぎるのを疑わしそうに見ていた。

 帰りは、軍の監視がないもう1つの道を使って南下した。セゲディーンを発ってから数時間後、私たちの自動車が1台故障した。幸いにも、3キロほど離れたところにさびれた村があった。村の商店は流行っているようには見えず、棚の商品はどれも3年前のものだった。幸いなことに、数は少ないものの、自動車部品も売られており、私たちが探していた燃料ポンプも見つかった。村に住む16歳の少年アブドゥリー君が、取り付け方を知っていた。彼に労賃を弾み、修理が済むと、我々は再びアガデスへ向けて出発した。

 ほとんど夜通し移動を続け、休むときには強盗が潜んでいそうな砂丘を避けてキャンプした。激しい砂嵐を眠ってやり過ごし、砂にはまらないよう、最低限必要なとき以外は前進し続けた。砂漠にぽつんと立つ墓標以外ほとんど何もない風景に、アガデスでボスと呼ばれている出稼ぎ斡旋業者が私に言った言葉を思い出した。サハラ砂漠を行くには「対策なんてないさ。あるのは、ただ運だけだ」

文=ROBERT DRAPER/訳=ルーバー荒井ハンナ

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