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埼玉県の学力調査はなぜ世界から注目されるのか?(2)目に見えない「非認知能力」を測る

7/7(日) 8:06配信

中央公論

大根田頼尚(文部科学省高等教育局専門教育課専門官 、「埼玉県学力・学習状況調査」推進アドバイザー)インタビュー、聞き手・中室牧子(慶應義塾大学教授)、伊藤寛武(慶應義塾大学特任助教)

★目に見えない「非認知能力」を測る
伊藤 二〇二〇年から大学入試改革が始まりますが、そもそもこれからの時代に伸ばすべき資質とは何だろうという問題に焦点が当たっています。埼玉県学調では、何を達成目標にすべきだと考えていますか。

大根田 埼玉県学調(「埼玉県学力・学習状況調査」)は、大学入試改革や、全国学調、そして新学習指導要領と一貫性を持った流れの中にあると思っています。
 新しい学習指導要領では身に付けるべき資質能力として、知識・技能、思考力・判断力・表現力、学びに向かう力・人間性等の三つの観点を掲げています。新しい大学入試も今の全国学調も、この知識・技能や、思考力・判断力・表現力を測定する良問が多いので、埼玉県学調の問題作成において大変参考にしています。
 もう一つ大事な点は、学びに向かう力や人間性のような、いわゆる「非認知能力」や「学習方略」ですが、たとえば自分に対する効力感、勤勉性。埼玉県学調ではそういった力も併せて調査しています。
 一つには、認知能力の伸びも非認知能力などが肝になっていそうだということ。他方で、非認知能力などは現場からすれば新しい知見ではなく、日本の学校教育が伝統的に大事にしてきた力なのです。これらも併せて身に付けさせていくには、どういう指導がいるのか、そういう狙いで調査しています。

中室 「効力感」や「やり抜く力」なんてどうやって測るのか疑問に思う読者がいるかもしれません。目に見えない心理的な特徴をどのように測っているのかについても触れておきましょう。

大根田 客観的に測る方法があればベターなのですが。埼玉県ではアンケートをとっています。先行研究で非認知能力や学習方略を測るのに適しているとされる項目を入れています。

中室 伝統的に心理学分野で発展してきた非認知能力の測り方は、三つに大別されると考えています。一つは先生や親など子どもをよく知る第三者が評価するという方法。二つ目は、「ラボ実験」と呼ばれる方法です。目の前に置かれたマシュマロを、教員の指示どおりに食べずに待っていられるかどうかということで、幼児の自制心を測った「マシュマロテスト」は有名です。三つ目は子ども自身が回答する質問紙調査です。埼玉県学調ではまさにこの方法を採っていて、教育心理学の専門家が作成した質問項目を使用していますね。

大根田 OECDも認知能力・非認知能力を伸ばす教師のメカニズムへの関心が高く、因果関係を推定できる埼玉県学調を高く評価いただいていて、この非認知能力の調査をはじめ、埼玉県学調とコラボしたいというお誘いを受けているところです。

★AIの長所、教師の長所
伊藤 大阪市による教員の評価を学力テストに基づいて行い、それを給与などに反映させるという教育施策方針が賛否両論を呼んでいます。どう見ていますか。

大根田 子どもの力を伸ばす上で、教員が肝であることは疑いありません。ただ、教員の何が子どもを伸ばしているのかはまだブラックボックスです。教員の資質能力向上の手法の一つとして教員評価はありえますが、どのような評価方法で伸びるのか、各自治体がさまざまな試行錯誤をしている状況だと思います。
 中室先生の論考(本誌三月号)にあるとおり、大阪市が「付加価値」、すなわち子どもの成長を大事にしようとしているのであれば、そこは埼玉県と似ていると感じます。ただ、埼玉県は、学力調査の結果を教員評価に利用するのではなく、教師の内省や、教員相互の学び合いの材料にしてもらうことに重きを置いています。データを渡した上で教師が自ら考え、改善することが大事です。
 少なくとも学校の中で、子どもをより伸ばしている先生の肝の部分を横展開していくべきで、それが各学校現場で起きていくように支援していきたいのです。これは教育委員会というより、校長にかかっています。

中室 私の研究室では、埼玉県戸田市との共同研究を行っています。戸田市とは、担任したクラスの学力を伸ばしている教員がどのような指導をしているのかを調べています。そのような三六人の教員への聞き取り調査の結果をみると、一様に「目指すべき目標・評価規準の設定をしている」という特徴があります。海外で行われた研究ですが、目標を示し共有したグループのほうが、それをしなかったグループよりも成果が上がることを示した実験があります。まずは授業の初めに、今日の授業の目標が何で、何を理解することが求められているのかを、教員と生徒の双方で言語化し、共有し、自覚することは、成果を上げる上で重要なのかもしれません。現在、教員の指導に関するデータを分析できているのは、戸田市を含め埼玉県下の一部の自治体にとどまっていますが、今後はもっと広範囲で教員のデータを取得し、学力を伸ばせる指導とは何かという知見をシェアしていくことができればと思います。

大根田 非認知能力や学力を伸ばす上では、幾つかの要素が大事そうだということが浮かび上がってきています。一つは教え方で、最近の言葉だとアクティブ・ラーニング。もう一つ大事なのは、子ども同士の人間関係をどうつくるか、もしくは教員と子どもの信頼関係をどうつくるかということ。我々は学級経営という言葉を使いますが、これらはいずれも現場の優秀な先生からすれば、当たり前じゃないかという点です。しかし、データで裏付けられたことが重要で、効果のある要素に重点化していくことが必要だと思います。

伊藤 素朴な疑問ですが、「効果がある指導方法」は、個人個人で違うのではないでしょうか。たとえば怠け者の私にとってはドリルを強制されたほうが学力が伸びたでしょうが、自習のほうが伸びる生徒もいるでしょう。

大根田 まず総論として、アクティブ・ラーニングや学級経営が大事だと分かってきたわけですけれども、最終的には個々人の話に行き着くと思います。埼玉県としても集まったビッグデータとAIを使って、子ども一人一人を伸ばしていく、「アダプティブ・ラーニング」を実現したいと考えています。一方で、教師ではないとできないことをきちんと考えていくことも必要です。最近、「AIやビッグデータがあれば、教員はいらない」という極論を耳にすることもありますが、少なくとも埼玉県学調を見る限り、個々の子どもの事情に応じて、そのやる気など非認知能力を伸ばしていくことは、人である教師でないとできないと思っています。

中室 私が子どもの頃、「シャープペンシルを使うと頭が悪くなる」と言われて、学校でのシャーペン使用が禁止されていたことがありました。このように新しいテクノロジーへの警戒感から、子どもに悪影響であるという根拠のない通説が現れ、固定観念となっていく。そのような根拠なき通説に振り回されるのではなく、子どもの能力を高めるために、人間がやるべきこと、新しいテクノロジーを取り入れるべきことをしっかり見極めるべきです。

大根田 そのとおりです。よく教育現場で「不易と流行」とか「創造と継承」という言葉が使われますが、それは二律背反ではありません。テクノロジーを使うことで人である教師でないと伸ばせない力を伸ばすことにより注力できるなら、そこはまさにベストミックスをしていく必要があります。一方で、なんでもかんでもICTを使おうというのは、ありがちなのですが間違っています。子どもの能力を伸ばす、子どもに変化をもたらすのが目的だったはずなのに、使うことが目的にならないよう注意が必要です。

最終更新:7/7(日) 8:06
中央公論

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