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聖地カイラス山の前に立ちふさがったチベットと中国の関係~坂田ミギーのチベット、カイラス山入り前のトラブル~

7/7(日) 0:00配信

BEST TIMES

 人気旅ブロガー・坂田ミギー初の著書。
 失恋と過労で、心身ともに瀕死……命からがら出発した、アラサー・独身・彼氏なしの世界一周ひとり旅。行き詰まり・生きづらさを感じているすべての人を、打開と気づきの旅路へと連れていく奇跡の旅行記『旅がなければ死んでいた』。
 本稿ではその中から少しだけ、中身をちょっとだけ。
 チベットでのガイドさんとの日本じゃ体験しないやり取りをピックアップ! 

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ついに来た。チベットだ。

  ネット環境のないムスタン王国からカトマンズに戻ってきたわたしに、現地の旅行会社から驚きのメールが着弾していた。

 内容はカイラスへのプライベートツアーの旅程だったのだが、わたしがオーダーしていた「聖地カイラス山の巡礼」が含まれていなかったのだ。コルラはせずに、ただカイラス山の麓に「行くだけ」の見学ツアー。話がちがう。

 カイラス山は仏教だけでなく、ヒンドゥー教やボン教、ジャイナ教らの聖地として知られている。聖地だらけのカイラスエリアにおいて、まさに総本山というべき山なのだ。

 このカイラス山の周囲約52㎞を歩いて一周する巡礼は「コルラ」と呼ばれており、これを成し遂げれば、現世の罪が浄化されるといわれている。

 もし信者たち向けに、書籍「死ぬまでに行きたい世界の聖地」が出版されれば、必ずやランキング上位になるであろう巡礼地だ。

 コルラしなきゃ意味がない。ただカイラスに行くだけなんて納得できないと、コルラが可能な旅程を自分で作り、それを持って旅行会社に乗り込んで交渉してみる。

 それでも旅行会社は、何度お願いしても「中国がダメって言ってるからダメ」の一点張り。なんでチベット行くのに中国の許可がいるんだよ。

 宿に戻って途方に暮れていた自分の目の端で、ゴキブリがちょろちょろと動く。ふだんは無視するのだが、やるせない苛立ちが募るあまり、丸めた新聞紙でぶっ叩いてしまった。ごめん、ゴキブリ。

 押し問答を続けるばかりで、なにも解決できないまま迎えた出発日の朝。

 カイラス山のコルラを一緒にすべく、日本から駆けつけてくれた友人のミサと合流し、車に乗り込む。のどかな田園風景を進んで4時間。ネパールの国境コダリに到着した。

 ここまで同行したネパール人ガイドとは、ここでお別れ。彼に代わってわれわれを迎えてくれたのは、芯の強そうな顔立ちの青年チベット人ガイド、ノルブだった。

 入国審査の前に、荷物検査を受けなくてはいけない。係官から無愛想に「写真、本、旗は持っているか」と聞かれる。この意味するところは「ダライ・ラマ14世の写真、彼の写真が掲載されている本、フリーチベットのような旗があるなら出せ。没収する」である。

 ネパールの旅行会社から、事前に「ガイドブックのほか、僧侶の写真などは問題になるから持ち込まないでほしい。公共の場でダライ・ラマの話もしないでくれ」と言われていたので「こういうことか……」と察した。

 中国では「ダライ・ラマ14世は、中国と世界を混乱に陥れる悪人」ということにされている。そのため、中国チベット自治区にいるチベット人たちは、チベット仏教徒なのに、その最高指導者ダライ・ラマ法王の写真を所持することを許されていない。中国政府が禁止しているからだ。法王の話を公の場ですることもできない。

「フリーチベット!」なんて大声で叫ぼうものなら即、公安に連れていかれるのだという。なんたる不条理。それがいまのチベットの現実である。

 わたしは怪しまれたらしく、荷物をひっくり返して隅々までチェックされたが、なんとか無事に通過。

 ついに来た。チベットだ。

 国境の街ダムは、雨が降っていた。旅行者はこの街の役所で登録作業をしなくてはならないのだが、まだ受付時間ではないらしい。

 時間があるので、昼食を食べながら待つことになった。ノルブに連れられ、レストランへ。ノルブが旅程表を持ってきて、ミーティングがはじまった。

 彼が持っている旅程表は、ネパールの旅行会社が送ってきたものと同じだ。もちろん、わたしたちが切望しているコルラは盛り込まれていない。

 ノルブは快適な旅になるように慮って話をしてくれた。きっと彼は賢く思いやりのある人にちがいない。まだ出会って数時間だったが、彼の所作からわたしとミサはそう感じていた。

 彼に賭けてみたい。ノルブが席を外しているあいだに、われわれは作戦を練っていたのだ。

 ミサが切り出す。「その旅程表、お願いしていたのとちがうわ。わたしたちはカイラス山をコルラする予定なのよ」

 わたしはスマホを取り出して、メール画面を見せる。出発前に自分でコルラ可能な旅程を作って、旅行会社と交渉したときのものだ。「このメールを見てよ。ちゃんと事前にコルラが可能な旅程でお願いしていたんだよ」

 画面をジッと見て、ノルブは難しい顔をした。

「ぼくが会社からオーダーされたのは、いま持ってる旅程表なんだ。コルラの予定は聞いていないし、それは不可能だよ」と、首を横に振った。そして書類の束を取り出し、わたしたちの前にドサリと置く。

「いまチベットを旅行するには、こういう地区ごとの許可証が必要なんだ。コルラの出発地点に行くまでの許可証はあるけど、コルラをするには別の許可証が必要なんだ。いまからでは申請できない……」

 中国が支配をすすめる前のチベットは、旅をするのに許可証などいらなかった。昔とは状況がちがう。それはわかっていたが、諦められなかった。

「コルラはずっと夢だった。本当に行きたいんだよ」と、ふたりで輪唱するかのように懇願する。

 ノルブはしばらくのあいだ、わたしたちの話をむずかしい顔をして聞いていたが、決して嫌な顔、面倒くさい顔はしなかった。だからこそ、わかってもらえるのではないかと思ったのだ。

 しばらく経って、彼が口を開いた。

「わかった。旅程を変更して、きみたちがコルラできるようにしよう。でも、ぼくはガイドとして一緒には行けないから、きみたちがコルラしてるあいだは、出発の街タルツェンで待ってるよ。許可証ナシで行動しているのが見つかったら、問題が起こる。わかるね? このことはぼくたちだけの秘密だ。誰にも話しちゃいけないよ。これから先も、決して人前でこの話はしないでほしい。見た目がチベット人であっても公安のスパイってことがあるから、くれぐれも気をつけて」

 真剣な顔でそう言ったが「さぁ行こう」と立ち上がったとき、彼は笑ってくれていた。ありがとう、ノルブ。

 といったような、笑える! 元気が出る! 感動ノンフィクションの世界一周ひとり旅の話が詰まった坂田ミギーさんの著書『旅がなければ死んでいた』を興味をもった人はぜひ! 

文/坂田 ミギー

最終更新:7/7(日) 0:00
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