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野村克也監督との出会いでジャパニーズ・ドリームを実現させたテリー・ブロス/平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

7/10(水) 11:02配信

週刊ベースボールONLINE

テストを受けてヤクルトへ

 日本人選手選抜の“ジャパン・ドリームズ”vs.助っ人選抜の“フォーリン・ドリームズ”。

 かつて、NPBでそんな夢の球宴前夜祭があった。1995年(平成7年)7月24日、オールスター第1戦前日に福岡ドームで開催された阪神大震災チャリティー・ドリームゲームである。フリオ・フランコ(ロッテ)は2安打2打点、ホームランも放ったイチロー(オリックス)が両チーム通じて唯一の猛打賞を記録。助っ人チームの捕手は米マイナー・リーグ留学経験のある大久保博元(巨人)と、自費で「JOE」のネームが入ったユニフォームを新調した定詰雅彦が務めた。

 試合は助っ人選抜が5対3で勝利し、指揮を執るボビー・バレンタイン監督は「今日のジャパン・ドリームズはメジャーに行っても最強のチームだよ」なんて笑ってみせた。現代の球界でもデスパイネ(ソフトバンク)、レアード(ロッテ)、ブラッシュ(楽天)、ソト(DeNA)、バレンティン(ヤクルト)、ビシエド(中日)らがずらりと並ぶド迫力助っ人選抜打線を相手に、千賀滉大(ソフトバンク)や菅野智之(巨人)といった侍ジャパンのエース級投手が投げたらかなり盛り上がるのではないだろうか。

 さて、95年のフォーリン・ドリームズの二番手投手としてマウンドへ上がったのが、当時ヤクルトで活躍していたテリー・ブロスである。身長205センチ、体重102キロのテキサス出身の大男はユマキャンプで5日間のテストを受けて合格。年俸40万ドル(約4000万円)と聞いて、「ウソだろう? 信じられない。そんなにもらえるのか」と狂喜する。

 セント・ジョーンズ大学時代はバスケットで全米選手権ベスト4の経歴を持つビッグマンもプロの道は遠く、大学最後の年には足首を骨折。このまま普通にサラリーマンになる前に野球で挑戦してみようとニューヨーク・メッツからドラフト指名を受ける。しかし、カーブがマスターできず変化球を苦手とし、6球団を渡り歩き、大リーグでは通算10試合0勝0敗と芽が出なかった。もう29歳、なんとか野球人生のきっかけをつかもうとヤクルトのテストを受けたわけだ。

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最終更新:7/10(水) 11:05
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