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私が控訴を取り下げた理由と その夜に起きた一部始終   山田浩二

7/12(金) 19:43配信

創

刑台に立つ時には謝罪の気持ちを

 その時に控訴を取り下げるという行動が、今後、自分の人生や命にどう影響するのか落ち着いて考えていたなら、今回このような獄中記を書くこともなかったでしょう。そのような考える余裕を持って行動することが、その時は全く出来なかった。
 その答えが今です。身を持って「短気は損気」の言葉の重みを感じています。5月21日に毎日新聞、5月22日に読売新聞の記者が面会に来て、私が控訴を取り下げたことが報道されたことを知りました。自分の口で説明しないと判らないことなのでしっかり取材に応じました。
 そして5月23日に、私のことを心配して下さり、東京から大阪まで『創』編集長の篠田さんが面会に来て下さいました。感謝です。ちなみに前日私宛てに篠田さんが「面会に行くので他の面会は断って下さい」という電報を打ってくれたそうですが、それはその時私の手元に届いてません。大拘書信の嫌がらせです。そして改めて今更ながら早まった判断、取り返しのつかない行動を取ってしまった自分が情けなく後悔と反省です。
 限られた面会時間なので、控訴取り下げに至るまでの経緯を説明しました。掲載された記事も見て頂いたそうですが、紙面として形に残るメディアで手の平を返すなよ!と毎日と読売の記者に説明してますが、篠田さんから「今回の事は山田さんの人生や命にかかわる大切なことだから自分の言葉で形にするべきだ」とアドバイスを受け、これまでの一部始終を書きました。
 両親や知人友人、伊藤代表やGPの仲間にはこれまでお世話になった感謝の心や絆等の思いを伝えられないまま、また被害者遺族に対する心からの謝罪の思いも伝えられず、カトリック教会関係者や神父さんの人達に対するお祈りや感謝も伝えられぬまま、すべてが中途半端に最期を迎えそうです。
 処刑台の上に立つ時は、そんな感謝の思いや絆心を脳裏に浮かべます。正直に今を生きたい、生きて償いたい、生きて謝罪の思いを伝えたい、死にたくないという気持ちが一番です。生きてこその絆ですからね。まだ死にたくないです。
 今、正直、すごく怖いです。廊下から足音が聞こえる度にドキドキします。確定後は外部交通も制限されます。ひとりぼっちになりますけど、これが確定です。
 くよくよしても仕方ないです。これまで築いてきた感謝の心、絆は確定後も私の心の中で育てて行きます。「心」の中ではひとりじゃないと信じて、残りの人生悔いなく生きます。刑が確定しても私の事忘れないで下さいね。いつか必ず戻ってきます。生きて戻ってくるのか、千の風になって戻ってくるのか約束は出来ませんが、このままでは終われない。
 控訴審で良い結果を出すのが今の私の目標です。私の死後に良い結果が出ても手遅れです。取りかえしがつきませんからね。なので今は死ぬ訳にはいきません。必ずいつか生きて戻ってくるから…その時が来るのを祈って欲しいです。信じて欲しいです。なのでさようならは言いたくないです。
 ちなみに最後に教えてください。訴訟書類使用目的で特別購入出来るインデックスやふせんに書き込んで整理した書類を宅下げするのも、相手に対する意思伝達になるといって不許可になるのは何故ですか? 一般に外部交通の受信及び発信の信書と第三者から差入れのあった検査済信書「保管私物」の違いは何ですか? 何故そのような「保管私物」の郵送宅下げや信書の同封が出来ないのですか? そもそも刑事収容施設法第50条って何ですか? それさえあればすべての郵送宅下げや同封発信が不許可になるのは何故ですか? それに対する具体的な理由の説明を求めても「官の都合」でごまかされるのは何故ですか? 第50条ってそんなに偉いのですか?
 1~2カ月前までは定められた手続きによって認められていたのに、この1~2週間をピークに第50条でほとんどの郵送宅下げがいきなり不許可になるのは何故ですか? プリントコピーやアンケートとかも当所指定の便箋に書き写して発信者として申請しなさいと言われましたが何故ですか? C棟6階の5月18日担当夜勤職員が私を嵌めたのは何故ですか? 書信係が私宛ての受信や発信を当日のうちに即日受発信処理しないのは何故ですか? 刑事施設の長の裁量権を行使するってどういう意味ですか? 裁量権の範囲を逸脱又は濫用していませんか? 外部交通(弁護士含む)や交友関係の維持を妨害するのは何故ですか?
 以上について私の刑が執行されるまでに教えて頂ければ…と願います。
 今まで本当に有難うございました。こんな形で終わりたくなかった。けどもう行数もありません。なので残念ですけどこの辺で筆止めをします。
 最後まで読んで下さり有難うございました。これを読んで下さった皆様方の先の幸を心よりお祈りします。また逢える日まで…。
 令和元年5月23日木曜日筆、24日金曜日発信I’s Empire 山田浩二

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最終更新:7/25(木) 19:36

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