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私が控訴を取り下げた理由と その夜に起きた一部始終   山田浩二

7/12(金) 19:43配信

創

ボールペン返納をめぐるトラブル

〈はじめに〉ここに掲載した手記は、寝屋川中学生殺害事件の山田浩二死刑囚が2019年5月23日に書いたものだ。その前週の5月18日に彼は突然、控訴を取り下げ、死刑判決を確定させてしまうのだが、何しろ死刑に関わる事柄だけにマスコミも大きく報道した。この手記は、その取り下げの経緯を本人が自分の言葉で書いた唯一の手記だ。マスコミ報道ではよくわからなかった経緯の詳細が書かれている。また同時に死刑が確定してしまうことについての本人の気持ちも書かれている。山田死刑囚は、この手記を書いた日と翌24日に『創」編集長・篠田と接見し、控訴取り下げ無効の申し立てをすることを決意する。その揺れる心情もこの手記にはよく書かれている。(編集部)

 令和に元号が変わり半月程経った5月18日土曜日の夜の出来事でした。
 この日は天候も良く、大阪拘置所は免業日ということで、午前中からラジオが流れました。免業日では午前午後とそれぞれ30分、計1時間の室内運動の放送が流れます。身体を動かすと5分もしないうちにうっすらと汗があふれる程、向暑にふさわしい1日。
 この日は免業日明けの5月20日月曜日に発信する「絆に重きの共助集団」がコンセプトのI’s Empire GroupのFamilyであり、ともに「絆」を大切に育てあっているG宛ての手紙を書いていました。諸事情でしばらくGとの手紙のやり取りが出来ない期間があり、5月16日に久しぶりにGから手紙が届き、腕をふるってGに宛てて返事を書いていました。
 私は、まとまった所持金がなく、無駄遣い出来ない状況の拘禁生活を送っている為、最低限の日用品は官所に頼っています。衣類や書籍類等は外部から拘置所窓口や郵送での差入れが認められるので、GPの伊藤寛士代表や仲間、同志の皆様のおかげで共助して頂き、官物衣類は卒業出来たものの、日用品は拘置所窓口等からの差入れ、あるいは自弁購入しかほとんど認められていません。
 なので手紙等を書く時に使用するボールペンや、洗面所に使用する石けんやハミガキチューブ等は官物を使用し、この日も朝からボールペンを貸与してもらって手紙を書いていました。
 書き出すと夢中になり集中する性格(昨年の精神鑑定では発達障害と診断されました)で、気がつけば午後9時の就寝時間前になっていました。就寝時刻の予鈴として午後8時30分にチャイムが鳴り、就寝まで残り30分だという合図が流れます。でも集中している私の耳に予鈴など聞こえる訳もなく、午後9時のチャイムが流れ、室内の照明が滅灯されて、そこで初めて「もうそういう時間なんだ」と気づきました。
 貸与されていたボールペンは午後9時までには返納しないといけない決まりになっていて、午後9時までにインターホン(大阪拘置所新棟の報知機付インターホン形式)を使用し、返納するべきなんですが、ついタイムオーバーをする時がしょっちゅうある訳です。そういう時は職員が私の居室前まで来て「早くするように」と声をかけてくれて、私も区切りの良い所でやめてボールペンを返納します。私の性格上、中途半端にやめることが出来ず、区切りの良い所でやめようとする為、滅灯後も職員を待たす時がよくありまして、その時はいつも「申し訳ないです」と一言言って返納します。
 この日も滅灯後、なかなか区切りをつけられず、ボールペンの返納の為に職員が私の居室まで来ました。この職員の名前は知りませんが、私が生活しているC棟6階の夜勤巡回職員で、おおむね8日に1度、このフロアを中心に巡回しています。この日は免業日で本来のフロアの正担当がいない為、朝からこの職員が一日巡回していました。
 この職員は日頃から態度や言葉遣いが悪く、不出来者で人相も悪く、以前もささいな事でからまれた事があるので、余計なトラブルに巻きこまれたくない私としては、この職員とはなるべく接触しないようにしようと生活を送っていたんです。けれど、たまたまこの日、ペンの進みが良くて、なかなか区切りを見つけられませんでした。

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最終更新:7/25(木) 19:36

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