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認知症「予防」重視の政府新大綱は「偏見助長する」

7/12(金) 17:57配信

週刊金曜日

 政府は2019~25年を対象とする「認知症施策推進大綱」を関係閣僚会議で決定した。これまで重点を置いてきた認知症の人との「共生」に加え、「予防」を強調する内容だ。認知症になる人の割合を減らす数値目標の設定こそ断念したものの、国が前面に出て予防の旗を振ることは認知症の人や家族を追い詰め、共生の理念を揺るがすことにもなりかねない。

 18日午前、首相官邸であった関係閣僚会議。新大綱決定に際し安倍晋三首相は「共生と予防を車の両輪としていく」と強調し、「生涯現役社会の実現に向けて全力を尽くしてほしい」と指示した。

 認知症の高齢者は500万人強。厚生労働省の予測では25年に約700万人に達し、65歳以上の5人に1人は認知症という時代が訪れる。そうした状況の下、15年に策定された認知症の国家戦略「新オレンジプラン」の後継となるのが新大綱だ。旧プランは「認知症になっても安心して暮らせるまちづくり」という共生の理念を重視していた。これに対し、新大綱は予防を強く打ち出している。

「70代での発症を10年で1歳遅らせる」「その結果、6年で認知症の人の割合を6%減らす」――。5月の素案段階で新大綱はこんな数値目標を掲げ、予防に大きく舵を切っていた。

 ところが、当事者団体などから「我々は落ちこぼれか」「偏見を助長し、自己責任論を招く」との批判が噴き出し、3週間で撤回。「予防と共生」としていた表記の順を「共生と予防」へと入れ替え、予防の定義に関しても「認知症にならないという意味ではなく『認知症になるのを遅らせる』『認知症になっても進行を緩やかにする』という意味」と補足した。

 根本匠厚労相は「10年で1歳遅らせることを目標にせず、予防に取り組んだ結果そうなることを目指す表現に修正した」と釈明に追われた。

【「認知症産業育成」が本音か】

 ただし、予防重視の姿勢に変わりはない。もちろん、研究は重要だし不可欠だ。とは言え、世界保健機関(WHO)が5月に発表した認知症予防の指針は、運動や禁煙を推奨する一方、多くの予防策についてエビデンス(科学的根拠)を「低」とした。新大綱も「予防に関するエビデンスは未だ不十分」と認めている。

 にもかかわらず、国が声高に予防を叫ぶ背景には、医療費削減や関連ビジネスの推進につなげる思惑がちらついている。新大綱策定は、昨年10月の経済財政諮問会議で民間議員が示した「認知症の社会的コストは30年に21兆円超」との試算が契機だった。また、認知症予防は医療機器や金融から認知トレーニング、書籍に至るまで幅広い商機の拡大が期待されている。新大綱には「民間の商品やサービスの評価・認証の仕組みの検討」との一文もあり、政府関係者は「認知症関連業界を有力産業に育てる狙い」と明かす。

 新大綱は「認知症バリアフリーの推進」「認知症の人や家族の視点の重視」を打ち出すなど、共生も軽視はしていない。それでも、日本認知症ケア学会の専門医は「予防を重視し過ぎると、『認知症は社会のお荷物』という風潮になりかねない」と懸念する。

 今年3月、日本認知症本人ワーキンググループと根本厚労相らの意見交換の場で、当事者の人たちからは「予防が商売になり、ドリルなどやりたくないことをやらされて、鬱になる人が多い」といった指摘が相次いだ。メンバーの一人で39歳の時に発症した丹野智文さん(45歳)は「予防より備えに力を入れるべきだ。地震と同じ。防げなくても、備えることで認知症になっても大丈夫と言えるようになる」と話している。

「認知症の人の尊厳を守り、認知症の人とそうでない人が同じ社会で共に生きるという共生の基盤の下で進める事が大前提です」

 新大綱決定後の記者会見で、根本厚労相は予防の推進についてそう語った。だが、当事者や家族、認知症の人を支える人たちの間には、共生と予防の両立を危ぶむ声が少なくない。

(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、2019年6月28日号)

最終更新:7/12(金) 18:03
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