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日本人は「どうやって」「どこから」来たのか?ホモ・サピエンスの壮大な旅を探る

7/12(金) 18:00配信

BEST TIMES

◆草束舟から竹筏舟、そして丸木舟と航海可能な舟を模索

 これらの資金を使って、与那国島に生えているヒメガマという草を束ねて昔から島で使われているツルで縛った〝草束舟〟をこしらえたのが2016年だった。南米ペルーのチチカカ湖でいまも使われているトトラ(カヤツリグサ)舟作りを習得した、石川仁さんの協力を得て行った。舟はしっかりした浮力があり、水を吸って船底が重くなるので安定性があった。

 だが重い分、スピードが出なかった。7月17日に島から東南東75㎞にある西表島(いりおもてじま)を目指して出航したが、海流と風で北へ押し流されてしまい、企ては失敗した。

 2017年には、かつて竹の筏でトビウオ漁をしていた台湾のアミ族の協力を得て、籐(とう)で縛った筏を試作。山に生えている直径17㎝もある太い麻竹(まちく)を3万年前の石器(複製)で伐きり倒してみると意外に簡単だったという。台東県の南部で海に浮かべた竹筏「イラ1号」は、安定性抜群で、6月11日に黒潮が洗う沖合の緑島へと漕ぎ出したが、14時間の奮闘も空しく海流に流されてしまった。重さと舟底の摩擦抵抗という難点を改良した2018年の「イラ2号」も、浮力不足と竹が割れ易いという欠点が明らかになって、実際の航海には適さなかった。

 この間、海部さんたちが第3の候補として注目したのが縄文時代に多用されていた丸木舟だ。材料にする直径1mの大きな杉の木は、6日間かかったが旧石器時代の刃部磨製石斧(じんぶませいせきふ)(複製)で伐り倒すことができた。これが、2017年9月。それから1年かけてこれを刳り貫き、舟の姿に仕上げて熾おき火びで表面を滑らかにして形を整え、軽くした。

 こうして自分たちの手で作り上げた丸木舟で、千葉県館山市から伊豆大島へ向けたテスト航海も試みた。このときは毎秒1~1.7mで流れる黒潮の分流を横断することに成功した。出航を前に、海部さんは言う。

「舟は仕上がっています。あとは、漕ぎ手の準備次第です。黒潮は暑い。台湾も暑い。そのなかを漕ぎ続けなければならない。黒潮に流されたら、おそらく逃げられない」
 最後は、そう、〝漕ぎ手〟〝人〟なのだ。

※3 「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」

  

取材・文/白石宏一  画像提供/国立科学博物館 3万年前の航海 徹底再現プロジェクト

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最終更新:7/12(金) 18:00
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