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川上弘美・山田詠美・綿矢りさが明かす「田辺聖子という生き方」

7/13(土) 11:00配信

文春オンライン

 2019年6月6日、作家の田辺聖子さんが91歳でこの世を去った。田辺さんは1928年、大阪・福島区の写真館に生まれ、祖父母や見習い技師など大家族の中で育った。金物問屋に勤める傍ら小説を書き続け、64年、『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』で芥川賞を受賞。関西弁を効果的に使った恋愛小説、開業医で夫の故・川野純夫さんをモデルにした「カモカのおっちゃん」シリーズ、『新源氏物語』などの古典の新訳まで、幅広い作品を遺した。

【写真】夫・川野純夫さんとともにマイクを握る田辺聖子さん

 田辺さんとの思い出や作品の魅力を、作家の川上弘美さん、山田詠美さん、綿矢りささんの3人が余すところなく語った。

自宅にあった「スナックお聖」と「バーカモカ」

綿矢 ご自宅の地下に、お酒を飲むバーみたいなお部屋があるんですよ。「今は使ってないけど」ってバーのスタンドサインを見せていただきました。片側には「スナックお聖」という文字と、田辺先生のイラストがあり、もう片側は「バーカモカ」とあって、カモカのおっちゃんのイラストが描いてある。電気をつけるとネオンみたいにポワッと光って、すごくほっこりしました。

川上 開業医の旦那さんが診察から帰っていらっしゃると、田辺さんは毎日、必ずお酒の用意をして、一緒に晩酌をなさっていたそうですね。私も家で、連れ合いとの晩酌の時間を大事にしているけれど、それはきっと田辺さんのエッセイに影響されたからだな。

山田 わかる。私はバブルの時期にデビューしてるから、普通はお酒っていうと、やっぱり「六本木のバーで」っていう流れになるじゃない? だけど、田辺作品を読むと、「それって本当に楽しいの?」「本当に楽しいことって何?」と考えさせられる。田辺さんの本を読んでいなかったら、いまだに「六本木のバー」が一番と思うような、嫌味な女になってたかもしれない(笑)。

キュンとくる感性が一緒だった

綿矢 田辺先生のお書きになる晩酌には憧れますよね……。

山田 それは、相手がカモカのおっちゃんだからという面もある。対談では、互いの男がどう愛おしいかという話になったんです。田辺さんが初めておっちゃんの診療所に行ったとき、脱脂綿を入れたガラス瓶があった。そこに貼ってあるラベルに、マジックで「わた」って書いてあるのを見て、心動かされたとおっしゃっていました。その気持ちが私にはわかります。

川上 うん、うん、わかる(笑)。

山田 田辺さんとは年が離れていても、キュンとくる感性が共通なんだと思えてうれしかった。結局あの対談って、私、のろけられている一方だったんだけど(笑)。

 田辺さんは1987年から18年間、直木賞の選考委員をつとめた。3人の話は、山田さんが芥川賞選考委員となった際のエピソードに移ったが……。

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最終更新:7/13(土) 12:06
文春オンライン

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