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投手転向2年で最速147キロ。知徳の 大型右腕は「姿即心」精神で甲子園を目指す

7/13(土) 7:17配信

webスポルティーバ

待ち合わせに指定された時間に学校へ向かうと、校門に大柄な青年が立っていた。それがこの日の取材対象である栗田和斗だった。捕手から投手に転向し、2年足らずで最速147キロをマークしたプロ注目の大型右腕だ。

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「栗田はさり気ない気遣いが自然にできる子なんです」

 知徳高校の初鹿文彦監督は笑顔で話す。

 父・勇(現総監督)の後任として現職に就いて6年。駒沢大学時代に太田誠監督(当時)から教わった「姿即心(すがたすなわちこころ)」の精神を選手たち伝えてきた。

 それを「これだけ魅力があって素質のある子は、就任以来初めてです」と評すエースが実践しているのだから、指揮官の頬が緩んでも当然だ。また初鹿監督が「栗田のところには後輩が『教えてください』と尋ねにいくのをよく見かけます」と言うように、後輩からの信頼も厚い。

 ブルペンで投球が始まった。校門で会った時よりもキリッとした表情になり、徐々にペースを上げていく。恵まれた体格から投じられるボールは、怖さを感じるほどの迫力があり、好素材であるのはすぐにわかった。まだ粗削りな部分はあるが、それゆえに伸びしろを期待したくなる逸材だ。

 知徳高校は静岡県三島市にあり、旧校名は三島高校。その時代から、山梨の日本航空高校を初の甲子園へと導き、八木智哉(現・中日スカウト)らを育てた初鹿勇監督が指揮を執り、強化を進めてきた。投手育成に定評があり、監督を息子に託した現在も投手を指導している。そんな環境のなかで、捕手から投手に転向した栗田もメキメキと力をつけてきた。

 栗田は小学4年から捕手を務め、岳陽(がくよう)中学時代に富士市の選抜チームに選出された。その際、指導にあたっていた駒沢大OBの鈴木裕和が「投げ方がいいから、投手をやってみたら?」と提案。その後、紹介を受けて知徳へ入学すると、高校1年の秋から本格的に投手の練習に取り組むこととなった。

現在は身長187センチ、体重90キロの堂々とした体躯の栗田だが、入学時は182センチ、70キロの細身だった。それでも「素直だし、肩、ひじが柔らかい」と素質を見込まれ、練習試合で多くの登板機会に恵まれ、投手としての感覚をつかんでいった。

 ただ、公式戦は佐藤翔(現・駒沢大)ら上級生に複数の好投手がいたために登板は限られ、エースとなったのは2年秋からだ。また、この頃に入寮を決めた。

 それまでは富士市の実家から通っていたが、通学に片道1時間半ほどかかっていた。それが入寮したことで時間にゆとりが生まれ、食事をより多く摂るようになり、体重はどんどん増えていった。

 冬場には、大きくなっていく体をうまく使いこなすために浜辺や山道を走り込み、下半身を強化。同時にボールにも威力が増してきた。厳しい練習を繰り返す日々だったが、栗田は「野球を辞めたいと思ったことは一度もありません」と言うように、向上心を持って貪欲に取り組んだ。

 こうして、ひと冬を越えた栗田の球は「ミットに突き刺さるようになりました」と、バッテリーを組む中川颯太も舌を巻く。また変化球も、縦に割れるスライダーとスプリットは三振を奪えるボールだ。

 NPB球団のスカウトも視察に訪れるようになり、当然、栗田もプロ志望だ。

 それだけにこの夏は、チームはもちろんだが、栗田にとっても大事な夏になる。だが栗田は、落ち着いた表情で次のように語る。

「僕たちは甲子園で勝つこと、そして"愛されて勝つ"ということを掲げているので、感謝、思いやり、素直さを持って戦います」

 先日行なわれた練習試合では打ち込まれ、初鹿監督から降板を提案されたが涙ながらに拒否。以降は無失点に抑えるなど、精神面でのたくましさも出てきた。

 取材を終える頃には、雨が降り始めていた。帰路に着こうとすると、そっと傘を差し出す栗田がいた。謙虚な気持ちで高みを目指し続ける栗田が、この夏どんな躍動を見せてくれるのか、楽しみでならない。

高木遊●文 text by Takagi Yu

最終更新:7/18(木) 23:14
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