ここから本文です

無名の新人モデル佐藤凜汰朗が語る パリコレデビューの波乱万丈

7/13(土) 9:00配信

WWD JAPAN.com

ツテもコネも実績もない全く無名の新人モデルが、念願のパリコレデビューを果たした。モデルの佐藤凜汰朗は、6月に行われた2020年春夏パリ・メンズ・コレクションで「メゾン キツネ(MAISON KITSUNE)」「リック・オウエンス(RICK OWENS)」「ヘド メイナー(HED MEYNER)」のショーに登場した。しかし、そこまでの道のりは険しく、東京ファッション・ウイークの参加ブランドに応募したモデルオーディションは全滅、モデル事務所も決まらず、5月に青山学院大学を休学してパリに人生で初めて乗り込み、背水の陣で臨んだモデル挑戦だった。苦境の中で、パリコレモデルの座をどのようにつかんだのか。佐藤に悪戦苦闘ぶりを聞いた。

【画像】無名の新人モデル佐藤凜汰朗が語る パリコレデビューの波乱万丈

WWD:モデルを目指したきっかけは?

佐藤凜汰朗(以下、佐藤):父(佐藤健二郎・旭化成パフォーマンスプロダクツ事業本部企画管理部繊維マーケティング室チーフコーディネーター)の影響で、小さいころからファッションに興味がありました。何かを教えられたわけではないですが、服にこだわりがある父のスタイルを近くで見ているうちに自然と関心を抱くようになりました。高校のころから海外コレクションの話題をファッション誌で読むようになり、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」と「イッセイ ミヤケ メン(ISSEY MIYAKE MEN)」にあこがれました。大学1年生のとき、渋谷ロフトの前で、東京ファッション・ウイークに参加している「アクオド バイ チャヌ(ACUOD BY CHANU)」の李燦雨(チャヌ)デザイナーに声をかけられ、モデルをやってみたらと言われたのです。それから東京ファッション・ウイークのモデルを目指して、モデル事務所のオーディションを受けましたが全滅。それでもあきらめずに、日本モデルエージェンシー協会のサポートを得て数ブランドのオーディションを受けましたが、声を掛けてくれた「アクオド バイ チャヌ」を含め、全て不合格でした。やっとモデル事務所は決まったものの仕事に恵まれず、気持ちばかりが焦る日々が続きました。

1/3ページ

最終更新:7/16(火) 14:16
WWD JAPAN.com

記事提供社からのご案内(外部サイト)

WWD ジャパン

INFASパブリケーションズ

2093号
2019年7月22日発売

定価500円(税込み)

川久保玲が語る「コム デ ギャルソン」の50年 “ファッションはビジネスの中で使う素材。そうなったのは、偶然だ。”

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事