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スーパーカーブーム真っ只中。“西の仕掛人”富田は新たなことを考えていた──連載「STORIES OF A CAR GUY」第7回

7/14(日) 21:12配信

GQ JAPAN

前回までのあらすじ──単身イタリアへと渡った富田は、当時まだ非常に珍しかったフェラーリやランボルギーニの中古車を仕入れることに成功する。時を同じくして、トミタオートにはカメラをぶら下げた子供たちが集まってくるようになった。老若男女、日本中が熱くなったスーパーカーブームがやってきた。そのとき富田は何を思い、何を心に決めたのだろうか……。

【写真を見る】ランボルギーニ ウラッコからフェラーリBBまで富田が買い付けたスーパーカーたち

デ・トマソ パンテーラ

3歳にして戸籍筆頭者、言わば天涯孤独の身であった富田。それゆえだろうか、歳上の経営者や成功者には不思議とよく可愛がられた。

そのなかのひとりに、大臣を平気で連れ回すような60歳を超えた怪紳士がいた。富田とは年齢や社会的立場の違いを超えて、夜を徹しクルマのことを語り合う仲だった。

その紳士から富田は「デ・トマソ パンテーラにGT4という高性能仕様があるらしいんだけれど、それを買ってきてくれないか?」、と頼まれる。生意気盛りだった富田はこうきり返した。「そんなレーシングカーみたいなクルマ、絶対無理ですよ。パワーもあるし、クラッチも重いし、エンジン掛けるのも大変です。でも、どうしても乗りたいというなら、まずノーマルのパンテーラを1万キロ以上乗ってからにしてください」

件の紳士はその場で新車のGTSを購入。1年かけて1万kmをクリアした。富田もまた約束を果たすべく、デ・トマソ本社へと赴く。

「できるだけ早く作ってあげるよ」

遠く日本からやってきた富田を歓待したデ・トマソ。テストドライバーの駆るGT4の助手席に乗せられ、田舎道を200km/h以上でかっ飛ばされた。

「対向車が来たらどうするの?」、と富田が問う。

「畑に突っ込めばいいだけさ」

数々の修羅場をくぐり抜けた富田にとっても、三本の指に入る怖い思い出だという。

ランボルギーニ ウラッコ

ランボルギーニ車販売の西日本総代理店となっていたトミタオート。その記念に、と富田は自分の名前でランボルギーニ ウラッコの日本1号車を買い付けている。

イタリア買い付けツアーのごく初期の段階で、ランボルギーニ社を訪れていた。そこで開発し終えたばかりのウラッコを見せられヒトメボレしていたのだった。

ウラッコは2.5リットルのV8エンジンをミッドに積む2+2のスポーツカーで、デザインはカウンタックと同じくマルチェロ・ガンディーニ、ライバルはポルシェ911、という話を本社の人間から聞かされていた富田は、日本でもそれなりの数を売るべく、まずはデモカーとして日本初号機を買い付けたのだった。

富田のウラッコはワインレッドだった。早速、ナンバーを付けて毎日乗り回した。けれども、10日ほど経つと急に熱が冷めてしまった。12気筒と比べてパワーはないし、シフトチェンジのフィールもそれほど楽しいわけじゃない。けれども、そんな性能面に飽きたわけではどうやらないらしい。

富田はウラッコを眺めて、ふいに悟った。直線基調にみえるスーパーカーは自分の趣味ではなかったのだ、と。もっと丸みを帯びて愛嬌のあるデザインが自分の好みであることに今さら気づいたのだった。

女性と同じでじっくり長く付き合えるデザインは、丸みを帯びていなければならない。この確信が、のちのちのオリジナルカー製作に生かされることになる。

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最終更新:7/14(日) 21:12
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