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村田諒太から8歳の長男へ、教えたかった父の「生き切る」という言葉なきメッセージ

7/14(日) 8:13配信

THE ANSWER

後悔なく戦った再起への道「棺桶に入って『生き切ったよ』って言えるような人生を」

「もし明日死ぬとして、あの試合が最後でよかったのかどうか。自分自身に問いかけたら、その答えはノー。だからやると決めた」

【動画】「日本の観衆熱狂!ブラント粉砕!」と米記者興奮! 最後は強烈な右でぐらつき、そして…村田が演じた“衝撃2回TKO”の実際の瞬間

 12日にエディオンアリーナ大阪で行われたボクシングのWBA世界ミドル級タイトルマッチ。引退覚悟で臨んだ前王者・村田諒太(帝拳)が、王者ロブ・ブラント(米国)に魂をぶつける連打で2回2分34秒TKO勝ちし、世界王座を奪還した。不利予想を見事に覆して巻いたチャンピオンベルト。33歳で再び世界王者となった男には、小学2年の長男・晴道君に見せたかった生き様がある。

「晴道! 明日からパパといくらでも、野球でも水泳でも行けるからな!」

 歓喜のリング上、村田はマイク越しに叫んだ。リングサイドでは妻・佳子さんとともに、8歳の長男・晴道君が初めて生観戦。インタビューの途中で一瞬だけ泣き顔を見せたが、息子に向かって声を張り上げる表情は清々しく笑っていた。

 9か月前、米ラスベガスでベルトを手放した。王者だった村田は、挑戦者ブラントに大差判定負けで王座陥落。「98%、辞めるつもりだった」と、一度は引退を心に決めた。試合会場で行われた翌日の一夜明け会見。リングや機材も撤収され、華やかな世界はもうない。今後やりたいことを問われ「やっぱり家族に会いたい」と率直に答えた。サングラスでは隠し切れない、紫色に腫れ上がった顔は、もうリングへ向きそうになかった。

 帰国後、家族と過ごす中で長男の言葉が響いた。

「もう一回負けたら辞めていいからね」

 妻・佳子さんには「辞めてほしい」と現役続行を反対され、父・誠二さんにも「もうお前はやったんだから、これ以上ダメージをためてもしょうがない。人生長いんだから」と体への負担を心配された。そんな大人の不安をよそに飛んできた、長男の無邪気な言葉。「上から目線で言われて、なんか無責任(笑)。まだ顔が腫れている時に言ってきたのでね。状況をわかっているのか、わかってないのか…」。敗北の傷を癒されたパパの顔は、緩やかにほころんだ。

 1か月近く悩んだ。培ってきたことを出しきれずに完敗。「人生を振り返った時に、あのボクシングが集大成でいいのか。後悔したくない。自分に永遠にうそをつくことはできない」。心に蓋をすれば楽になれたが、ボクシングを悔いなくやり切るためにいばらの道を選んだ。脳みそをフル回転させて課題を見つめ直し、できること全てをやり尽くした。

 後悔をなくす日々を送る一方で、今年になって晴道君は野球を始めた。父と同じボクシングではなく、野球を選んだきっかけがある。家族でファミレスに行った時のこと。野球少年たちが村田一家の前を通り過ぎる際、「こんにちは! 村田選手ですよね?」と一礼した。「しっかり挨拶をする。ああいう人って気持ちがいい。息子にも野球やってほしいなぁ」。勧められた晴道君は、野球教室で体験すると一気にのめり込んだ。

 親子のキャッチボールだけでなく、自宅では発泡スチロールのボールでトスバッティング。村田は「他のスポーツを見るなら、息子の素振りを見てる方がよっぽどいい」と、トスを上げながら少年団の監督に教わったことを徹底指導。でも、自宅でボールを打っていいのは、村田がいる時だけ。晴道君はパパの帰りを楽しみに待つ。世の親子と同じ光景だ。

 長男が生まれた1年3か月後にロンドン五輪で金メダルを獲り、プロでも世界王者となったお父さん。一流選手の“2世”という無用なプレッシャーを受ける日が来るかもしれない。だが、父の願いは「野球選手になってほしいわけじゃない。スポーツを通じて人生を豊かにしてほしい」ということ。自分の周りにはいつも笑い合える仲間がいる。その大切さに気づいてほしいだけだった。

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最終更新:8/3(土) 1:50
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