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「なつぞら」中川大志&染谷翔太&が演じる東洋動画の「モデル」人物がものスゴイ!

7/15(月) 11:02配信

FRIDAY

2人の天才! 高畑勲と宮崎駿 アニメーション2大巨星のヒストリー

「日本のアニメーションの草創期」をメインテーマとするNHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』。ヒロインの奥原なつ(広瀬すず)は、念願のアニメーターとなり、新たな目標に向かって日々奮闘している。

【毎日違う服装は実話!】『なつぞら』広瀬すずヒロインのヒント・奥山玲子さんの全て

『なつぞら』は脚本家・大森寿美男の執筆によるオリジナル作品だが、アニメーションの勃興期を知る様々な関係者から入念に取材し資料提供を受け、登場人物の造形やエピソード、設定などに活かしている。

ヒロインの「奥原なつ」は、実在のアニメーター奥山玲子を“モデル”、“ヒント”にしているし、実在の制作会社「東映動画」と長編漫画映画『白蛇伝』が、朝ドラでは「東洋動画」『白蛇姫』と名前を変えつつ、主要な舞台。重要なアイテムとなっている。そして、奥原なつが働く「東洋動画」の先輩や同僚たちも、実在の人物をヒントにして造形されているのだ。

キャリア初期から圧倒的な提案力やバイタリティで活動した宮崎の青春時代がモチーフ、ヒントとなって、朝ドラ『なつぞら』でどう描かれるのかにも注目したい。

宮崎が原画担当として正式な辞令をもらったのは、高畑が演出、大塚が作画監督を担当した『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)。大塚から直接「覚悟して思い切ってやろう」と言われ、休日返上で仕事をこなしたという。宮崎は「高畑勲、お別れの会」(2018年5月15日)のあいさつで、「僕はこの作品で仕事を覚えたんだ」と振り返っている。

その後、『長靴をはいた猫』でも原画を担当し、大塚とともに、王宮での追いかけっこのシーンの設定、場面展開に取り組んだ。「東映まんがまつり」の第1弾として公開された『長靴をはいた猫』は、動員数・興行収入ともに空前のヒットし、東映動画~東映アニメーションのシンボルマークにもなっている。

しかしその後、東映動画は劇場映画からテレビアニメへの転換がうまくいかず、宮崎は「おもしろい作品を作れないから」と東映動画を退社。1970年代は、高畑勲や小田部羊一とともに、Aプロダクション(後のシンエイ動画)、日本アニメーション、テレコムアニメーションフィルムなどに制作の場を移しながら、実力とアイデアを蓄積していく。

人物や動物だけでなく、飛行機や戦車などのメカ描写まで描ける宮崎は、「絵を描かない演出家」である高畑の最高のパートナーとして、『アルプスの少女ハイジ』で全話数、全カットのレイアウトを担当するなど、精力的に仕事をこなした。

1978年、テレビアニメ『未来少年コナン』で監督デビューを果たし、翌年には『ルパン三世 カリオストロの城』で劇場アニメ映画初監督を務め、注目を集めるようになる。そして1984年の『風の谷のナウシカ』で大成功を収め、翌1985年にスタジオジブリを旗揚げする。

しかし、冒険活劇やファンタジーを好む宮崎と、リアリティにこだわる高畑では作風に違いがあるため、『風の谷のナウシカ』以降、2人は別々に作品づくりを行うことに。その後29年間に渡り、『となりのトトロ』や『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』など、世界的に認められ名作を次々と生み出していく。
宮崎のモチベーションは、「高畑勲に認められる」こと。元スタジオジブリの鈴木敏夫が、「宮崎駿がいちばん作品を見せたいのは、高畑勲」と断言するほど、高畑に対する畏怖・畏敬の念は特別だったという。

2013年『風立たちぬ』の公開後、長編映画制作からの引退を表明、2014年末にスタジオジブリの制作部門が閉鎖された。だが、2017年に宮崎自身が引退を撤回。現在、新作長編映画『君たちはどう生きるか』の制作に取りかかっているが公開日は未定である。

ここでは、監督見習いの酒場一久(さかば・かずひさ):中川大志、新人アニメーターの神地航也(かみじこうや):染谷将太を紹介する。ドラマ独自の展開や解釈、人間関係を大いに楽しみつつ、実在の人物の業績にも思いをはせる一助にしていただきたい。※文中、敬称略

◆坂場一久(さかば・かずひさ):中川大志

東洋動画所属の監督見習い。絵は描けないが、アニメの知識は人一倍多く、企画力に優れ、思いもよらないストーリーを考えつく。その一方で要領が悪く、無理難題を言って、アニメーターたちをいつも困らせる。なつも初めは苦手意識を感じるが…。※『なつぞら』公式サイト(NHK)より

⇒★高畑勲(たかはたいさお):モデル、ヒントと思われる人物◆

1935年、三重県伊勢市で生まれる。1959年に東京大学仏文科を卒業し、東映動画に入社。アニメーションの道に入るきっかけとなった作品は、中村和子と同じく、フランスの長編漫画映画『やぶにらみの暴言』(1952年/ポール・グリモー監督)で、「アニメーションでこんなことができるのか?」という驚きが、アニメーションの表現の可能性を追求する原点になったと語っている。

『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)で演出助手、テレビアニメ『狼少年』で演出を務め、その仕事ぶりを認めた大塚康生の推薦で、東映動画の長編漫画10作目にあたる『太陽の王子 ホルスの大冒険』の監督に抜擢された。しかし、予算超過とスケジュールの遅延を招き、興行成績も振るわなかった。高畑は責任を追及されたが、作品は後に高い評価を得る。1964年に東映の労働組合副委員長になった際、同じく組合の書記長となった宮崎駿とともに組合事務所のプレハブ小屋に泊まり込み、ありとあらゆること、とりわけ作品について語り合い、交流を深めた。

1971年以降は、小田部羊一、宮崎駿とともに数社の制作会社を渡り歩き、テレビシリーズ『ルパン三世(第1シリーズ途中から)』や、中編映画『パンダコパンダ』、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』、テレビシリーズ『アルプスの少女ハイジ』、『母をたずねて三千里』や『赤毛のアン』の演出、映画『じゃりン子チエ 劇場版』、『セロ弾きのゴーシュ』の監督などを手がけた。

『機動戦士ガンダム』の監督・富野由悠季は、『~ハイジ』『~三千里』『~アン』で絵コンテを担当し、高畑と深い付き合いには発展しなかったものの、その制作過程で大いに影響を受けたと語っている。

1985年、宮崎とともにスタジオジブリを設立に参加すると、宮崎とコンビを組んで『天空の城ラピュタ』を制作。その後は単独監督作品として、『火垂るの墓』、『おもひでぽろぽろ』、『平成狸合戦ぽんぽこ』、『ホーホケキョ となりの山田くん』を制作し、数々の映画祭で受賞するなど、国内外で高い評価を得た。

リアルな表現にこだわり、『アルプスの少女ハイジ』では、海外のロケハンを行うなど、徹底した生活描写や舞台設定を行ったという高畑。その根底にあったのは、アニメーションでなければ出せないものを、きちんと作品の中で出すこと。それができなければ、アニメーションでやる意味がないという問題意識であり、常にその表現方法について徹底的に追求していく制作スタイルを貫いた。遺作となった『かぐや姫の物語』では、全編スケッチ風の淡彩画で描くことに挑戦し、製作期間に8年をかけた大作となった。

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、高畑の人柄をインテリで物の考え方が素晴らしいと褒める一方で、よい作品を作るが「あぁでもない。こうでもない」と考えを巡らせるタイプで、非常に理屈っぽいとも言及。スタジオジブリの制作現場に密着した映画『夢と狂気の王国』では、ドワンゴ創業者でありながら、当時プロデューサー見習いをしていた川上量生は、インタビュアーとして高畑に話を聞いた際は、90%は説教で怖かった。と明かしており、プロとしての厳しさを持った人物だったことが伺える。


◆神地航也(かみじこうや):染谷将太

抜群の画力で入社した新人アニメーター。仕事に対して情熱的に取り組み、時に知的でウィットに富んだ言い回しで、周囲を和ます愛されキャラ。柔軟で大胆な発想を得意とし、アニメーション界に新しい風を吹かせていく。※『なつぞら』公式サイト(NHK)より

⇒★宮崎駿(みやざきはやお):モデル、ヒントと思われる人物◆

1941年、東京生まれ。世界的なアニメーション監督。飛行機工場の役員だった父親や、戦記好きの長兄の影響のもと、読書をしたり漫画を描いたりして幼少期を過ごす。母は結核を患っており病弱だったが、『天空の城ラピュタ』に登場する女空賊・ドーラのような性格だったという。小学生のころから抜きん出た絵の才能を発揮するも、大学は学習院の政治経済学部へ進学。在学中に中学校の恩師に絵を習いに行っていた。

大学卒業後の1963年、22歳で東映動画に入社。大塚康生の指導の下で動画の基本を学び、劇場漫画映画『わんわん忠臣蔵』で動画デビュー。テレビアニメ『少年忍者風のフジ丸』(1964年)で初めて原画を手伝う。劇場漫画映画『ガリバーの宇宙旅行』では、動画、原画に携わったが、まだ本来は原画手伝いという立場だった。
入社後3年間の新人時代に、東映の労働組合の活動を通じて高畑勲と親交を深め、24歳のときに同僚だった大田朱美と結婚した。

【高畑勲:参考サイト】
映画.com
ほぼ日刊イトイ新聞 ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲を生んだ東映動画60年代問題史! 小山昌宏
東宝WEB SITE「かぐや姫の物語」プロフィール
ORICON NEWS 富野由悠季が語る『ガンダム』のリアルを生んだ“高畑勲イズム”「高畑さんは僕にとっても師匠」
シネマトゥデイ 高畑勲、こだわりの仕事術!完成後に「やり直します」…プロデューサー陣が明かす
【高畑勲:参照文献】
「スタジオジブリ」代表取締役プロデューサー・鈴木敏夫氏に聞く!(成山堂書店)

【宮崎駿:参考サイト】
映画.com
ORICON NEWS「監督・宮崎駿」を生み出した高畑勲の功績 肉親以上の関係だった2人の天才
宮崎駿・高畑勲を生んだ東映動画60年代問題史! 小山昌宏
作画@wiki
【宮崎駿:参考文献】
『宮崎駿の原点ー母と子の物語』潮出版社/大泉実

取材・構成:中村美奈子(なかむらみなこ)
ライター。静岡県出身。ゲーム雑誌&書籍の編集ライターを経て、アニメ・漫画・映画ライターに。声優、アニメ監督、漫画家へのインタビュー記事をメインに執筆活動。WEBサイトの執筆場所は「アニメ!アニメ!」「シネマトゥデイ」「KIKI」など。紙媒体は、漫画ファンブック、声優イベントのパンフレット制作、「シネコンウォーカー」などに執筆。今はMCUとスターウォーズ、声優アイドルグループi☆Risの追っかけに夢中。好きなゲームは風来のシレンとパズル系。

最終更新:8/19(月) 10:23
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