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中国最新鋭の量子暗号衛星「墨子」|シリーズ・21世紀のスプートニク・ショック(1)

7/16(火) 15:32配信

nippon.com

「21世紀のスプートニク・ショック」といわれる衝撃的な事態が宇宙で起きている。連載の第1回は、ハイテクの粋を集めた量子暗号衛星「墨子」を打ち上げ、米国を凌駕しつつある宇宙強国・中国の動向について、宇宙法の第一人者で、日本の宇宙政策にも関わる青木節子・慶應義塾大学大学院法務研究科教授に聞いた。

宇宙でも米中対決の時代

――米中対決の時代です。その舞台はいまや宇宙に移りつつありますね。

青木 21世紀版「スプートニク・モーメント」(※1)といえる事件が3年前に起きました。重要な出来事なのですが、日本ではあまり知られていません。

――「スプートニクの瞬間(モーメント)」というと、ソ連が1957年に「旅の仲間(スプートニク)」と銘打った人工衛星を打ち上げた。米ソどちらが先に人工衛星を成功させるか競っていたさなか、先を越された米国が、瞬間、凍りついたことですね。負けるはずがない。そう高をくくっていたソ連に負けたと知った時の、米国人が受けた集団ショック状態。あれの再来みたいな事態が3年も前にあったのですか。

青木 「量子科学衛星」、英文頭文字でQSSという、それまで誰も打ち上げたことのなかった衛星を、中国は2016年8月、軌道に投入しました。申し上げているのはまさにそのことです。その後、米国は後追いできていません。

――そのQSSには、名前はあるのですか?

青木 それが意味深長なのです。「墨子」(※2)と名付けられました。英文だと、MiciusまたはMozi。諸子百家のうち墨子は非戦と博愛を唱えた人だそうです。これを名前に選んだ北京の意図はさておくとして、中国が「墨子」衛星で試したのは、今後の通信を担う基幹中の基幹技術でした。安全保障上、これに成功すれば、中国は米国に頭ひとつ抜け出す、そんな新鋭技術です。

具体的に言うと量子通信を可能にする基礎技術の試験と開発を担うのが「墨子」号で、いまこの瞬間、宇宙空間に浮かんで地上と量子暗号のやり取りをする衛星は他にありません。米国ですら中国の後塵を拝しています。

それは人工衛星の打ち上げ競争でソ連に先を越されたことに優るとも劣らぬ深刻な事態です。21世紀版「スプートニク・モーメント」だったのではと、言いたくなります。

――米国から反応は出ているのですか。

青木 それが、沈黙を守っています。科学的に込み入った説明が必要なこともあってか、スプートニクのように大衆レベルでショックが広がった形跡がありません。

事実はといえば、軍事や外交に関わる機密情報のやり取りに最も向いた通信技術の開発で、中国が先んじた。ワシントンの沈黙に、むしろ雄弁なものを感じます。

――QSSは本当に通信の機密を守れる技術なのですか。

青木 あらゆる計算機の能力をもってしても、解読ができません。物理的盗聴は、どんな形であれ不可能とされています。テクノロジーによって、そういう状態を実現するのではありません。量子論が説くところ、もともとそうなのです。

ただし、信号のやり取りは距離との勝負といいます。ですからいま、日本も含め、なるべく遠距離の2地点間で、量子暗号の送受信ができないか、試験をしているところでした。中国はいきなり衛星と地上で量子暗号のデリバリーに成功し、世界をあっと言わせたわけです。このまま量子衛星を増やしていくと、誰にも読み取れず、誰にも破られない量子コンピューティングのネットワークが、完成に近づきます。

(※1) スプートニク・ショック 東西冷戦下の1957年10月、ソ連のスプートニク打ち上げ成功が米国を中心とする西側諸国に与えたショック。スプートニク・ショックを受け、米政府は宇宙開発を加速させ、米航空宇宙局(NASA)設立やアポロ計画策定を行った。

(※2) 墨子 中国、戦国時代の思想家(紀元前5世紀後半~前4世紀前半)。武力による問題解決を否定して平和論を唱え、人々が利己主義を捨てて博愛を心掛けることを主張した。墨子を中心とする集団が結成され、儒教とともに戦国時代の主要な思想となった。

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最終更新:7/16(火) 15:38
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