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「ぼけますから、よろしくお願いします」認知症を発症した母から学んだ人生の楽しみ方

7/16(火) 7:01配信

デイリー新潮

 東京に住むディレクターの信友直子さんが、広島県呉市への帰省の際、両親の様子をハンディカメラで記録し始めたのは2001年のこと。両親を被写体にして、仕事の取材のために撮影の練習をしようと思ったのです。15年以上続くことになる撮影は、奇しくも母親(90歳)のアルツハイマー型認知症の発症と進んでいく病状、さらには老老介護者となった耳の遠い父親(98歳)の介護生活の記録になっていきます。

 陽気で几帳面でしっかり者の母親が徐々に「出来なくなっていく」一方、家事はいっさい妻任せで90を超えた父親が「やらなければならなくなる」様子を時に涙ぐみ、離れて暮らす自責の念や夫婦・家族の絆を噛みしめつつ見つめる娘。そして、認知症はどう進むのか、家族に認知症患者がいるとはどういうことか、老老介護の現実とは……それらを冷静に記録していこうとする取材者――2つの立場で踏ん張り、あるいはその間で揺れる信友さんが監督となって出来たのがドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』です。

 ある年の元日、新年のあいさつに認知症発症後の母親が発した言葉が、そのままタイトルになりました。ミニシアター単館上映で2018年11月から公開された映画は口コミで評判となり、各種受賞などでも話題を呼んで、上映館全国100館近く、動員数10万人を超えるドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなっています。とはいえ、102分間の作品に発症(2014年)からの家族の生活全てはとても収まりきれません。映画に盛り込めなかった数々のエピソードを、信友さんが連載で語っていきます。

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「ぼけますから、よろしくお願いします」

「ぼけますから、よろしくお願いします」

 これは、2017年のお正月に、87歳の母が実際に私に言った言葉です。

 午前0時になって年が変わった瞬間、「あけましておめでとうございます」という新年の挨拶の後に「今年はぼけますから、よろしくお願いします」と言ったのです。

 認知症の母のことを映画にしようと思ったとき、タイトルとしてすぐに浮かんだのはこの言葉でした。母の人柄と、認知症という病気のことを、両方表しており、これ以上ふさわしいものはないと思ったからです。

 まず、母の性格。母は昔から、自虐的なことを言ったりブラックユーモアをちりばめたりして周りを笑わせる人でした。

 たとえば、私が45歳で乳がんになったときには、親なら娘と一緒に嘆き悲しんでも不思議はないと思うのですが、普段通り、いやそれ以上の明るさで自分や私をいじって笑いに変えてくれました。

 手術でおっぱいの部分切除をするのを不安がる私に「お母さんの垂れたボインでよかったら、いつでもあげるんじゃけどね~」とか、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けてきた私に「コントによう出てくるじゃろ、ハゲのカツラ。あんた、あれかぶっとるみたいに見えるわ」とか。

 そういう意味では、「わたしゃ今年はぼけますんで、よろしくお願いします」というのは、いかにも母らしい、自虐的なユーモアあふれる「今年の抱負」というわけなのです。

 そして認知症という病のこと。

 認知症になった人は、ぼけてしまったから病気の自覚もないのでは? と思われる方もいるかもしれませんが、実は本人が一番苦しんでいます。母をずっと側で見てきた私が言うのだから間違いありません。

 自分がおかしくなってきたことは、本人が一番わかっているのです。

 昔、できていたことがなぜできないのか、自分はこれからどうなってしまうのか、家族に迷惑をかけてしまうのではないか……。認知症の人の心の中は、不安や絶望でいっぱいです。母もときには「あんたたちの迷惑になるから、私はもう死にたい」と泣くこともあります。あんなに明るくて、何でも笑い飛ばす母だったのに……。

 母にそう言われると、私も一緒に泣きたくなります。

 実際、最初の何年かは、母に思い入れしすぎて私も泣いてばかりでした。

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最終更新:8/6(火) 11:13
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