ここから本文です

プロ野球外国人選手1256人の軌跡

7/17(水) 14:30配信

週刊ベースボールONLINE

個性派フォームいろいろ

 今週号の週刊ベースボールは外国人選手特集。DeNAのロペス、ソフトバンク・デスパイネ、南海・スタンカのお孫さん(聞き手は野村克也氏)とともに、やや勢いが落ちてきたが、独特のフォームで本塁打を量産する楽天・ブラッシュもインタビューしている。
 彼のフォームを見て、「懐かしいな」と思っているファンも多いと思う。

 そう、1995年、バレンタインがロッテ監督就任時(1期目)に入団したJ.フランコ(その後、98年にも在籍)にそっくりなのだ。フランコはメジャーでも首位打者を獲得した名選手で、彼はホームランバッターではなく、アベレージヒッタータイプだった。

 構えのグリップで言えば、T.ローズ(近鉄ほか)も高かった。バットの先端を斜め上に何度か動かし、大きく足を上げてフルスイング。2001年には当時の日本タイ記録55本塁打もマークしている。動きは大きかったが、全盛期は絶対に体が前に突っ込まなかった。

 ローズと同時期の選手で翌02年に55本を打ったA.カブレラ(西武)は構えでグリップを高く上げた際、大きく背中を反らせるのが特徴。高校時代の中田翔(大阪桐蔭高─日本ハム)らがマネした。

 メジャーの個性派フォームと言えば、古くはピート・ローズ(レッズほか)でおなじみのクラウンチングフォームが有名だ。
腰をかがめ、ベース側に前傾するフォーム。89年首位打者&MVPのクロマティ(巨人)もそうだったが、彼は年々、体が起きていった。クロマティの故障離脱時にブレークした台湾出身・呂明賜のフォローの大きな豪快なスイングも印象深い。
 ほか大洋のミヤーンはバットを短く寝かせて持つ“かわいい”フォームで79年に首位打者となっている。

デービス大暴れ

 今ではすっかり様変わりしたが、昔は助っ人といえば、バイオレンスの香りがした。
 この印象(?)が出来上がったのは、1960年代のパ・リーグだ。今以上に日本人選手との体格差が大きく、存在自体に威圧感があったこともあるし、外国人選手側に日本を下に見ていたところもあっただろう。

 南海のスタンカ、阪神のバッキーらは打者の体を狙うビーンボールを得意球(?)と公言し、阪急のスペンサーは殺人スライディングで相手選手を何人も病院送りにした。

 70年代、80年代によくあったのは、死球を受けた外国人打者が投手に突進するシーンだ。長打力はあるが、振りが大きい分、内角を苦手とするタイプが多い外国人打者に対し、厳しい内角攻めは必須だった。外国人側にしたら、言葉もはっきり分からない異国での疑心暗鬼、さらに、結果が出なければ、解雇されるという危機感もあった。
 クロマティは体の近くに来ると必ず投手を威嚇し、「これではなめられる」と中日の宮下昌己がぶつけ、大乱闘になったこともある(87年)。

 外国人バッターに嫌われたのが、西武の死球王・東尾修だ。対外国人選手だけではないのだが、抜群の制球力を誇りながら体の近くにドンドン投げ込み、腰を引かせて外角で仕留めるタイプ。当てても「よけなかったほうが悪い」くらいの顔をしていた。

 86年6月13日の蛮行は起こるべきして起こった事件かもしれない。東尾が近鉄・デービスの右ヒジに当てると、デービスはそのままマウンドにダッシュし、東尾にパンチ、キックを浴びせた。「正当防衛だ。俺には守らねばならぬ妻と子どもがいる」と言ったデービスだが、のち大麻所持で逮捕され、近鉄を解雇された。

1/3ページ

最終更新:7/17(水) 20:07
週刊ベースボールONLINE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

週刊ベースボールONLINE

株式会社ベースボール・マガジン社

野球専門誌『週刊ベースボール』でしか読めない人気連載をはじめ、プロ野球ファン必見のコンテンツをご覧いただけます。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事