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石原さとみ主演『Heaven?~ご苦楽レストラン~』は原作漫画より面白いか?

7/17(水) 7:31配信

メディアゴン

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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筆者が石原さとみ主演のTBS系「火曜ドラマ」ドラマ『Heaven?(ヘブン)~ご苦楽レストラン~』を見た理由は、朝日新聞のラ・テ欄の番線が載っていたからである。

事前にラッシュ(編集前の映像素材のチェック工程)を見て、番宣を書いた朝日新聞の定塚遼記者は、あまり好感は持たなかっただろうと思える記事であった。筆者はというと、1999年から『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載された佐々木倫子の原作漫画漫画『Heaven? 』は全く見たことがない。

そんなドラマを何故見る気になったのか。まず、コメディであることだ。多くの日本のコメディドラマは筆者はあまり信用していない。朝日の番宣記事には、それは明かさないほうがいいのではないかと思える音がいくつも記されていたからだ。

・舞台は駅からも住宅地からも遠い、墓地の中にあるレストラン。
・わがままオーナーと、初心者ばかりの店員。元銀行役員、元美容師。

心配だった。これをネタバレとは言わないと思うが、コメディとしては重要な展開として、この要素を使っているのではないか。要するに「気づいたら」レストランは墓地の中にあった。

「気づいたら」レストランの店員は初心者ばかりだった。

というような類だ。そのとおりだった。ただ、オチを明かされてしまったドラマはそれで終わらなかった。更に進んだ。この先の展開に明かされていない笑えるネタが詰まっているはずだ。筆者は、途中で見るのをやめようとは思わなかった。

だが、気に触ることが次第に目についてきた。

漫画にも、アニメにも、ドラマにも、映画にも、小説にもそれぞれの分野が開発した独自の感情表現方法がある。それは表情だったり、文章による情景描写だったり、ガビーンなんていう感情の擬音表記であったりする。お互いにその表現方法を侵犯しないようにしようというのは暗黙の約束である。だがこのドラマは漫画の擬音表記を模倣する。芝居でそれをやろうという役者・演出による努力を放棄して安易に模倣する。使うなとまで言わないがドラマにおいて擬音表記は最終手段であってほしい。テレビドラマは漫画の再現ではない。

このドラマの出演者で、コメディができると、筆者が評価するのは、元銀行役員役・山縣重臣の岸部一徳、石材屋役・鱸克雄の田口浩正。なぜ彼ら二人がコメディができると思うのか。それは、芝居をするときに誇張しすぎの面白い顔をしないからである。普通の芝居で笑いが取れる人だからである。案の上、二人は、面白い顔で笑いを取ろうとしていなかった。すばらしい。だがせっかくの彼らの演技は漫画からの借り物の擬音表記で台無しにされていた。

なぜ、コメディで面白い顔をして笑いを取ることが禁忌なのか。筆者は時々、スタニスラフスキーなど読むのだが、このロシアの演技理論家で演出家は次のようなことを言っている。

「観客はあなた(役者)の芝居を見ているのではない。その芝居の先にある目的を見ているのだ」

芝居は何を感じさせたいからや動いたかが大事で、それを感じさせることができるかどうかが芝居の巧拙なのだ、ということ言っているのだと筆者は考える。

コメディとして使っているドラマの中の笑いはどうか。現象のギャグは。ストーリードラマの中で用いると、ドラマ自体が、軽佻浮薄になってしまう。長年動かしていなかったエアコンを動かしたらどうなるか。こういう先の見える笑いは排除してほしい。

ドラマの言葉で言えば、伏線をはって、それを回収する形の笑いであって欲しい。コントで言っても、「振り」があって、その「こなし」があって、「フォロー」があることで客に気取られない笑いが完成する。

主演の石原さとみの芝居はどうか。石原さとみは完成された美人である。普通の顔をしているのが最も美人で、表情を作ると、それが崩れてしまうのが残念だ。

ところで、朝日新聞の番宣は次のように結んであった。

「開店後はどう展開するのだろうか」

筆者は第2回も見てしまうかもしれないので、そういう意味では連ドラとして正解だったのかもしれない。

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

最終更新:7/17(水) 7:31
メディアゴン

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