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テンポもムードも自由自在。悲しくて、そして楽しいガーシュウィンの大人気曲【ジャズを聴く技術】

7/17(水) 15:00配信

サライ.jp

文/池上信次

第14回ジャズ・スタンダード必聴名曲(10)「バット・ノット・フォー・ミー」

前回に引き続き、ジョージ・ガーシュウィンの名曲をもう1曲。

「バット・ノット・フォー・ミー(But Not For Me)」は、第12回で紹介した「アイ・ガット・リズム」と同じ、1930年のミュージカル『ガール・クレイジー』の中の1曲です。「アイ・ガット・リズム」同様に、ジョージ・ガーシュウィンが作曲、兄のアイラ・ガーシュウィンの作詞です。

1930年のミュージカル『ガール・クレイジー』の中の1曲

『ガール・クレイジー』は、30年の秋に開演し、272回公演というヒットとなりました。主演は、のちにフレッド・アステアとの名ダンス・コンビで知られることになるジンジャー・ロジャース。43年に同名の映画が作られ(主演はジュディ・ガーランド)、92年にはこの作品をもとにしたブロードウェイ・ミュージカル『クレイジー・フォー・ユー』も作られ、日本では劇団四季が公演していました。『ガール・クレイジー』は名曲揃い、ガーシュウィン兄弟の魅力満載のミュージカルなのです。ここからは「バット・ノット・フォー・ミー」「アイ・ガット・リズム」のほか、「エンブレイサブル・ユー」「バイディン・マイ・タイム」のジャズ・スタンダードが生まれています。

(前回で、ガーシュウィンの28年のミュージカル『オー・ケイ(Oh, Kay!)』が公演256回でガーシュウィンの最長記録と紹介しましたが、「その時点で最長」に訂正します。ちなみにジョージ・ガーシュウィンが手がけたミュージカルのオリジナル版の最長公演記録は、31年に開演された『オブ・ジー・アイ・シング』の441回。)

「バット・ノット・フォー・ミー」は、「それは私のためではない」という意味

オリジナルの「バット・ノット・フォー・ミー」は、主演のジンジャー・ロジャースがミディアム・テンポで歌います。「バット・ノット・フォー・ミー」は、そのまま「それは私のためではない」という意味。歌詞の大意は「ラブソングも空に輝く幸運の星も、私のためではない。まったくついてない。あの人ももう私のための人ではないの」というもの。

ヴァース(前振りパート)は「太陽さん、夢は実現するなんて絶対言わないで。ベアトリス・フェアファクスさん、彼が私を気にかけてくれているなんて言わないで。ポリアンナの声なんて聞きたくないわ」という大意です。このベアトリス・フェアファクスは当時の新聞の人生相談コラムの人気回答者、ポリアンナは人気小説『少女ポリアンナ』のことで、ポジティヴ人間の代名詞なんですね。ブロードウェイ・ミュージカルは普遍的なストーリーのイメージがありますが、けっこう同時代感覚を取り入れているんですね。

それはさておき、このようにけっこうつらい内容の歌詞なのですが、これを、たくさんの韻を踏んだノリのいい明るい曲に仕立てているところがミソなんですね。こういったひねくれたところも、ジャズマンに好まれる理由のひとつかもしれません(ジャズマンがひねくれているということではなくて、明暗多様な表現が可能ということ)。このような「歌詞を歌う」という典型的ヴォーカル曲にもかかわらず、インストでも膨大な録音が残されています。それらはテンポもムードもさまざま。つまり、歌詞だけでなく曲のほうも幅広い解釈ができる楽曲なのですね。この「汎用性」の高さが、この曲をジャズの大スタンダードにした大きな理由なのでしょう。

ヴォーカリストのリー・ワイリーが39年にガーシュウィン曲集の中で録音を残していますが、ジャズマンが頻繁に取り上げるようになったのは、映画公開を経た50年代初頭からのようです。それからはあっという間にヴォーカル、インストともにたくさんの録音が残されました。60年までに、ヴォーカルではエラ・フィッツジェラルド、クリス・コナー、サラ・ヴォーン、アニタ・オデイにビリー・ホリデイ、ジュリー・ロンドンが取り上げています。インストではモダン・ジャズ・カルテット、チェット・ベイカー、マイルス・デイヴィス、レッド・ガーランド、ケニー・バレルなどなど、その10年で完全にスタンダード化されました。そしてその勢いはいまだ衰えてはいません。

ベアトリス・フェアファクスもポリアンナも、今では検索しないとその意味もわかりませんが、それでも歌われ続けていることからも、この曲には時代を超えてジャズマンを捉える深い魅力があるのですね。

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最終更新:7/17(水) 15:00
サライ.jp

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