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【ホンダF1活動第2期の10年 その9】マクラーレン・ホンダ MP4/5(1989)は3.5L NA初年度のチャンピオンマシン

7/17(水) 18:30配信

Webモーターマガジン

ターボが禁止されてもマクラーレン・ホンダは速かった

ホンダF1活動の第2期を振り返る連載企画第9回は自然吸気エンジンとなった「マクラーレン・ホンダ MP4/5(1989)」を取り上げる。セナとプロストのあの「鈴鹿のシケイン接触事件」が起きたのはこの1989年で、NA元年のこの年もまた「マクラーレン・ホンダ」は圧倒的な速さを誇っていた。

【写真】セナプロ対決の様子とマシンをもっと見る

1989年はエンジン規定が大幅に変更された年として記憶されている。ついに1.5Lターボが禁止され、3.5L自然吸気エンジンに統一されることになった。新しい規定のエンジンの開発を進めるという狙いもあり、この年1989年からホンダはマクラーレンに独占してエンジンを供給することになる。

圧倒的なホンダの速さもここでリセットされることになったが、燃費技術で先行していたホンダの優位は変わらなかった。アラン・プロストとアイルトン・セナというドライバーの布陣は相変わらず強力で、前年ほどではなかったが、16戦10勝という好成績をあげた。

マクラーレン・ホンダMP4/5はエンジン変更(1.5L V6ツインターボから3.5L V10自然吸気)に伴う改良が施された正常進化版で、やや保守的な前進とも言えたが、常勝チームであっただけに無謀なトライを避けるのは当然のことだった。

むしろ問題となったのは強力すぎるドライバー陣だった。セナとプロストは前年も激しくチャンピオンの座を争ったが、表面上は大きな問題となっていなかった。しかし、1989年に入るとチャンピオンを巡って確執が表面化。「1コーナーを制した者を尊重する」という紳士協定も災いし、チームメイトの仲は険悪なものとなっていった。プロストはシーズン中盤にはシーズン限りでのチーム離脱を発表し、セナは次第に心を閉ざしていくようになったと言われる。

そんな中、日本GP、鈴鹿サーキットのシケインでふたりのマシンが接触。セナはレースに復帰しトップでゴールしたものの失格となり、プロストのチャンピオンが決定するという事件が起きた。1989年はエンジン大変革の年であると同時に、ふたりの天才ドライバーとマクラーレン・ホンダ MP4/5に彩られた年だった。(写真:金子 博)

マクラーレン・ホンダ MP4/5(1989)

エンジン:Honda RA109E
・形式:水冷72度V10 DOHC
・排気量:3490cc
・ボア×ストローク:92.0×52.5mm
・最高出力:685ps/13000rpm

シャシ:McLaren MP4/5
・デザイナー:ニール・オートレイ
・車体構造:カーボンファイバーモノコック
・ホイールベース:2896mm
・トレッド前/後:1820/1670mm
・サスペンション:ダブルウイッシュボーン
・タイヤ前/後:12-13/16.3-13インチ
・トランスミッション:マクラーレン製6MT
・車体重量:500kg

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最終更新:7/17(水) 18:30
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