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【ニューエンタメ書評】“共通するテーマを異なる手法で描く作品”4組8作品 葉真中顕『Blue』上田早夕里『リラと戦禍の風』青柳碧人『むかしむかしあるところに、死体がありました』ほか

7/17(水) 8:00配信

Book Bang

今回ご紹介するのは、“共通するテーマを異なる手法で描く作品”4組8作品。注目の新刊をより楽しむヒントがいっぱいです! 

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「平成、という時代があった」

 という書き出しからいきなり掴まれた。葉真中顕『Blue』(光文社)である。その国に暮らす多くの人々にとっては、意味のある時代だった──と続けたあとで、著者は(語り手は、というべきか)平成をこう説明する。

「内戦も戦争もなかった平和な時代として。いくつもの天災に見舞われた災害の時代として。バブル経済の崩壊に始まり格差拡大と貧困問題が可視化された衰退の時代として。行政と社会のシステムが制度疲労を起こす中さまざまな対立が鮮明になった分断の時代として。あるいは困難の中からそれでも次世代に何かを残そうとした希望の時代として。

 そんな平成という時代が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ一人の男がいた」

 いやあ、これで読みたくならない方が嘘だろう。二〇一九年上半期の書き出し大賞をあげたい。

 物語は平成十五年、青梅で起きた一家四人惨殺事件から始まる。風呂場で死んでいたこの家の次女に外傷がなかったことと覚醒剤の多量摂取が見られたことから、この次女が犯人なのは間違いないと思われたが、現場には共犯者の痕跡が残っていた。しかも高校時代からひきこもっていたはずの次女に、意外な事実が判明して……。

 平成元年に生まれた男と、平成十五年の殺人事件、そして平成最後の年に起きた殺人事件を一本の糸でつなぐダイナミックなクライムノベルである。その間には、その時どきの文化や風俗、出来事、流行などが細やかに、具体的に描きこまれる。SMAP、たまごっち、ITバブル、児童虐待、オザケン、リーマンショック、子どもの貧困、SPEED、仮設住宅、外国人労働者……。そんな平成の光と闇の中で、なぜ「彼」は殺人者になったのか。高所から時代を総括するのではなく、あくまでも地面に近いところから社会をえぐる葉真中顕の真骨頂だ。

 作中、特にフォーカスされるのが親と子の関係だ。我が子を愛せない、愛さない親が複数登場する。それが大きく物語を動かしていくのだが、読みながら思い出したのが、まさきとしか『ゆりかごに聞く』(幻冬舎)である。

 新聞社で働く柳宝子のもとに、父親が亡くなったという連絡が入る。だが宝子の父は二十一年前に、すでに亡くなっているのだ。これはどういうことか? というところから始まった物語は、血の繋がらない子を愛した親・血の繋がった子を愛せないことに悩む親・悩まない親という、さまざまなタイプの「親」を描き出していく。

 父の死の真相と、そこから次々判明する意外な事実の連鎖にはページをめくる手が止まらなかった。物語の序盤で起きる殺人事件、別の事件との思わぬリンクなど、ミステリとしての吸引力は実に強い。だがそれ以上に、人はどうすれば「親」になれるのか、親を親たらしめているものは何なのかというテーマが重く胸に刺さる。

 思えば『Blue』と『ゆりかごに聞く』は同じテーマを扱っているのである。だがアプローチも、そのテーマの表現の仕方も、まったく異なる。ひとつのテーマを描くのに作家によってこういう違いが出るのか、と実に興味深かった。

 今月は他にも「同じテーマなのに手法が異なる」作品があった。いくつかセットで紹介しよう。たとえば上田早夕里『リラと戦禍の風』(KADOKAWA)と天野純希『もののふの国』(中央公論新社)だ。

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最終更新:7/17(水) 8:00
Book Bang

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