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まさかの名将退任→元プロ監督就任。 如水館は最悪の雰囲気から甦った

7/17(水) 6:57配信

webスポルティーバ

「ここに来た時は、正直、いい雰囲気とは言えなかったですね(苦笑)。仕方ない、当然のことだとは思いますが......」

広島新庄のエースは本格派右腕。「左でなければ」のジンクスを破るか

 今年4月から如水館(広島)を率いる大久保学は、就任当初のチームの雰囲気をこう振り返る。

 昨年10月、如水館野球部全体を揺るがせる出来事があった。1993年、前身の三原工時代からチームを率いてきた名将・迫田穆成(さこた・よしあき)監督が3月末で退任すると発表されたのだ。迫田監督の教え子でもあるコーチがチームを引き継ぐことも同時に発表されたが、諸般の事情でその人事も白紙に。後任探しが難航するなか、次期監督として浮上したのが、オイスカ高校(静岡)の監督を務めていた大久保だった。

 高校時代は静岡高校のエースとして1982年夏の甲子園に出場した。同年秋のドラフトで南海から指名を受け、入団。引退後は、南海の後継のダイエーでスコアラーを務めた。95年に退団した後、2014年に母校・静岡の投手コーチに就任するまでの間を過ごしていたのが、夫人の地元でもある広島だった。大久保が言う。

「縁があって、2014年から母校の投手コーチをすることになり、静岡に戻ることになりました。その時にうっすらと『いずれは広島で指導者になれたら』とも考えていました。その話を覚えてくださっていた知人から『指導者の話があるがどうか』と打診を受けたのが、今回のお話だったんです」

 かねてから大久保と親交のあった橋本慎吾(社会人野球・福山ローズファイターズ代表)と、如水館の同窓会長が旧知の仲であったことから、大久保に白羽の矢が立った。自身が抱いていた希望に沿う話ではあったが、高校野球界屈指の名将とも呼ばれる前指揮官からチームを引き継ぐ重圧もあり、ふたつ返事とはいかなかった。

「4月の発表まで外部に漏らしてはいけない話だったので、家族にしか相談できない状況でした。話をいただいてから返事をするまでの期間も長くはなかったので、早く答えをださないといけない。悩みましたね」

 決断を迫られた大久保の脳裏をよぎったのが、現役時代から大切にしている座右の銘だった。

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最終更新:7/18(木) 23:12
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