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バイト→社員→子会社社長 なのに独立、「主婦派遣」起業を決意した理由

7/18(木) 6:10配信

NIKKEI STYLE

《連載》キャリアの原点 ビースタイル 三原邦彦会長(下)

主婦に特化した人材サービスを手がける「ビースタイル」(東京・新宿)の三原邦彦会長は理系出身だ。人材派遣業に取り組む転機は、芝浦工業大学在学中にあった。友人と開発したシステムの売り込みがきっかけで、人材派遣業のインテリジェンス(当時)に入社したことから、人材サービスに足を踏み入れた。

■草刈正雄に憧れてオートバイレーサーになりたかった

――芝浦工業大学出身なのに、なぜ、人材派遣業に興味を持ったのでしょうか?

「芝浦工業大学には2浪して入ったんです。高校時代はオートバイレーサーになろうと思っていました」

「草刈正雄さんが主演する『汚れた英雄』という映画を見て、中学生の頃からオートバイレーサーに憧れました。自分が主人公のオートバイレースの漫画を80ページ、5冊分ぐらい描いていたんです。高校時代は、実際にレースにも出ました。ただ、こんな風にも思っていたんです。スポーツ選手だし、先々、引退したら食えなくなるだろうな、と。そんなことを考えている時点で一流にはなれない。それで、大学に行こうと思って勉強を始め、芝浦工業大学に入りました」

「これも笑い話ですが、入ったら、すぐに理系は向いていないとわかりました。まず、実験が嫌い。同じことを繰り返すのが苦手なんです。それと、設計したものを図面に落とすのも苦手。そう考えたら、理系の職種なんて、ほとんど無理。それでも、当時からビジネス的なことには興味があり、人材派遣会社で営業のアルバイトをしていました」

「バイト先の派遣会社では当時、登録者を探す際に紙の書類を使っていました。それを見て、すごく非効率だなと感じました。人材派遣会社向けの検索システムを作ったら売れるんじゃないかと思い、プログラミングが得意な友人と組んでシステムを開発し、インテリジェンスへ売り込みに行きました」

■営業は性に合っていた。売れなくて困ったという記憶がない

――バイト先の派遣会社ではなく、インテリジェンスに売り込んだのですか。

「バイト先の派遣会社は経営状態が良くなく、インテリジェンスは私の営業先でした。訪問しようとしたら『ちょうど、君をスカウトしようと思っていたところだ』と言われました。その時、初めて自分が大学生だということを打ち明けたんです。そうしたら、僕をスカウトしようとした人も大学生だった。それが現パーソルホールディングス副社長の高橋広敏さんです」

「友人と作った人材派遣会社向けのシステムを売り込みたいと言ったら、宇野康秀社長(当時)が出てきて、『システムを買ってあげるけれど条件がある』と言われました。一つはインテリジェンスで人材派遣事業の手伝いをすること。もう一つが一緒に開発した友人はインテリジェンスに常駐して開発に従事することでした。それで、私はアルバイトとしてインテリジェンスに入ることになり、そのまま正社員になりました」

「営業は性に合っていたと思います。売れなくて困ったという記憶がないですから。1カ月に74社から188本の派遣の依頼をいただいたこともありました。特別なことは何もしていません。ひたすらお客さんの役に立つことを考えて行動していただけです。鼻が利く、ということはあったかもしれません。どういうところにオーダーが発生しやすいかというマーケティング的な視点を持って営業に回っていました」

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最終更新:7/18(木) 11:15
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