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【家族のかたち】働かない妹に、それを庇い続ける父親。助けることが正しいことではないと選んだ“絶縁”

7/18(木) 11:04配信

サライ.jp

取材・文/ふじのあやこ


時代の移り変わりとともに、変化していく家族のかたち。幼少期の家族との関係を振り返り、自身も子供を持つようになったからこそわかるようになった思いを語ってもらいます。

今回お話を伺ったのは、都内にあるデザイン事務所で働いている勇人さん(仮名・37歳)。勇人さんは埼玉県出身で両親と2歳下、8歳下に妹のいる5人家族。小さい頃は年の離れた妹を中心に回る家族、そして自分にだけ厳しくする父親と不仲になり、就職をしてしばらくした後に家を出ることに。

「同じ事務所で付き合った女性の家で同棲をすることになり、家を出たのは21歳になるちょっと前です。その時には一番下の妹はまだ中学生。まだまだ家族の中心は妹で、家を離れた僕はたまに母親から連絡が来るくらいでしかつながっていませんでした」

妹のいじめによる不登校、そしてフリーター。厳しい父親はそこにはいなかった

勇人さんは一番下の妹についての話を初めて聞いたのは母親から。その時はどうすることもできなかったと言います。

「妹が中学校でいじめられていて、不登校になっていると母親から相談を受けました。殴られるとかいったものではなく、無視などが続いているみたいで。幸いなことに僕と真ん中の妹はまったくそんなことはなかったので、解決策がまるでわからず……。父は嫌だったら行かなくていいと言っているみたいなんです。僕はその時はまだ、自分に子供がいるわけじゃないし、周りの友人もまだまだ独身ばかり。何が正解かまったくわからないから、何のアドバイスもできずにただ聞くことしかできませんでしたね」

妹はその後少しずつ学校に行くようになり、高校ではいじめられることなく無事卒業。しかし、妹は進学や就職をすることなく、アルバイトを転々としていたそう。

「それに対して、父親がまったく何も言わないことに正直腹が立って仕方がありませんでした。僕は大学以外はダメだという反対も押し切って、専門学校のお金を自分で払いきっていました。なのに一番下の妹はアルバイトを週に2~3日入るだけ。家にお金を入れている様子もありません。何も言わない両親に代わって、僕や真ん中の妹がいくら言っても聞く耳を持たない。両親のことを心配して家を出られない真ん中の妹が気の毒で仕方なくて」

そして、勇人さん家族をさらなる不幸が降りかかります。それは母親の突然の死でした。

「専業主婦だったので、健康診断などをちゃんと受けていなかったから、気づいた時にはもう遅くて。胃ガンで闘病してから1年も経たずに亡くなってしまいました。闘病中に一番下の妹はずっと母親の看病をしていたので、そこはありがたかったんですが、亡くなってからも働きに行くことはなくて……。でも当時は僕も母親を亡くしたショックで何も考えられなかったんですよ」

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最終更新:7/18(木) 14:49
サライ.jp

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