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東野幸治が描く“宮川大助・花子伝説”「『執念』という言葉が最も似合う芸人」

7/18(木) 8:10配信

デイリー新潮

 東野幸治が仲間たちの秘話をつづる連載「この素晴らしき世界」。今週のタイトルは「執念と愛に満ちたコンビ、宮川大助・花子(1)」。

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「執念」という言葉を辞書で調べると「ある一つのことを深く思いつめる心」と書かれていました。その「執念」という言葉が最も似合う芸人さんは? と聞かれたら、「宮川大助・花子」の大助さんだと私は即答します。

 大助・花子さんはご存知の通り、実の夫婦で漫才をする、夫婦しゃべくり漫才の第一人者です。この2人に世間が持つ印象とは、花子師匠がほとんど喋って大助さんは隣でオロオロしている――そんな感じではないでしょうか。現在定着したその形になるまでには、少しの時間とたくさんの試行錯誤と、何よりも大助さんの執念がありました。

 そもそも大助さんの師匠は浪曲漫才トリオ・宮川左近ショーの4代目宮川左近さんで、花子さんの師匠はチャンバラトリオさんです。お互い別のコンビを組んでお笑いを始めましたが、花子さんは早々に解散し、この世界を離れました。そして大助さんと結婚します。

 その後、大助さんもお笑いをやめ2人は同じ警備会社で大助さんはガードマンとして、花子さんは万引きGメンとして働き始めます。花子さん曰く、「最高に幸せ」だったそうです。でも……。

 可愛い女の子にも恵まれ、人並みの幸せを生きていきたい花子さん。一方、もう一度漫才師として勝負したい気持ちを抑えられなくなっていく大助さんは、警備員の仕事の合い間に書いた100本の漫才台本を花子さんに見せ、「もう一度漫才をやろう! 早く結果を出して売れたいんや!」と懇願します。花子さんは表向きはそんな夫の熱い気持ちを受け止め漫才の道に戻ることにしますが、本音としては「子供のためにも(ダメならダメで)早く結果を出して辞めたい」と思っていたそうです。

「売れたい」と「辞めたい」。正反対の思いでしたが、「早く結果を出したい!」という考えは一致していました。

 そんな初期の大助・花子さんの漫才は、大助さんがずっと喋り花子さんが相槌を打つスタイルでした。今とは真逆、想像もつきません。その上、スーツ姿の大助さんが袴姿の花子さんを投げ飛ばす、ドツキ漫才でもありました。しかも「余計な先入観を与えない方が、お客さんが笑いやすい」という理由で、実の夫婦ということは伏せていたそうです。

 当時から2人の漫才の稽古は、大助さんが花子さんに口伝えで覚えさせるやり方です。そして、とにかく稽古はいつも真剣で、いつ終わるともわからないほどに熱心。「稽古でできないことは本番でもできない」と、舞台の本番同様に、花子さんを本気で殴る大助さん。生傷が絶えない花子さんは、子育てする時間もなく、周囲の協力を得ながら稽古を続けました。

 しかも本番の舞台では、大助さんのテンションはさらに上がります。花子さんは脳震盪を起こしたり、時に失神したり、死にもの狂いの漫才だったそうです。

 袖で見ている芸人たちの「そんなに殴ったら花ちゃん死んでまうで!」という声を全く聞かない大助さんも大助さんですし、「もうちょっと手加減して! 痛いからやめて!」なんてことは一度も言わなかったという花子さんも花子さんです。

「ウケるウケないは大助君が考えたらいい。とにかく早く売れて辞めたい。売れたら大助君が1人で舞台に立ったりテレビ出たりすればいい」「私は寂しい思いをしている子供の世話がしたい」

 花子さんの思いは、ただそれだけでした。

(続く)

東野幸治(ひがしの・こうじ)
1967年生まれ。兵庫県出身。東西問わずテレビを中心に活躍中。著書に『泥の家族』『この間。』がある。

「週刊新潮」2019年7月11日号 掲載

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最終更新:7/18(木) 8:10
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