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“カリブの怪人”デストラーデがスイッチになった理由

7/19(金) 11:03配信

週刊ベースボールONLINE

 そのオフ、“第2の故郷”フロリダに新設されたマーリンズに誘われ、メジャー復帰。1年目こそ四番に座ったが、2年目は不振に陥り、マイナー降格か退団を迫られた。これを知った西武の堤義明オーナーが自ら動き、95年に日本復帰。5月9日のオリックス戦(富山)では0対9とリードされた8回裏二死から緊急登板もあった。

「楽しかったよ。あんまり良くなかったけど(打者3人に対して被安打1、連続四球で降板)。素晴らしい投手だった東尾(修)監督は頭にきただろうけどね(笑)」と振り返るが、家庭の問題もあって6月15日に退団、帰国して、そのまま引退した。

「90年代は日本のプロ野球にとって転機だったと思う。野茂(英雄。近鉄に90年入団)はセンセーショナルだった。彼の第一印象はとても悪い(笑)。三振ばかりで、森(祇晶)監督に呼ばれて『オーレ(オレステス)、どうした?』なんて言われたこともある。彼との対戦は楽しかったね。彼がメジャーに去り、日本ではJリーグが始まった。日本のプロ野球が忘れかけられた。日本の子どもたちは、メジャーにあこがれるようになった。90年代に起きたことは、今の日本プロ野球につながっている。その90年代に、僕は日本でプレーしていたんだ」

 西武黄金時代の記憶は、そこに大きな足跡を残した助っ人の中でも鮮明だ。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:7/19(金) 11:18
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