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【柔道】日本柔道オリンピック金メダリスト列伝(第11回)岡野功

7/19(金) 12:31配信

ベースボール・マガジン社WEB

柔道が初めてオリンピックの正式競技となった1964年東京大会から2016年のリオ大会まで、“柔道王国”日本は史上最多のメダルを獲得してきた。そして、その長い歴史の中で燦然と輝くのは卓越した技量で他を圧倒し、表彰台の頂点を極めた金メダリストたちだ。ここでは、各階級のレジェンドからリオ大会の大野将平、ベイカー茉秋、田知本遥まで、『日本柔道オリンピック金メダリスト列伝』として1人ずつ紹介。今回は、1964年東京大会80kg級・岡野功をクローズアップする。(※文中敬称略)

日本柔道オリンピック金メダリスト列伝(第10回)阿武教子

1964年東京五輪80kg級 岡野功

◆弁護士志望から柔道一筋で
大成した思索の柔道家
 岡野功は多くの法律家を輩出している中央大法学部出身。1年生の頃は真剣に弁護士を目指していた。しかし、柔道の合宿所生活はそれを許さなかった。入学時の雑用、6時間の稽古、そして先輩のお説教も数時間。とてもじゃないが、法律の勉強など夢のまた夢だった。

 すぐに岡野は方向転換した。2つに1つなら柔道だ。1年時に決心してから柔道に一筋になっていった。考えた末の決断は早かった。彼はこの頃を「学生時代は青春の真っ盛り。(中略)若いときには憧れを抱き、年齢を重ねてくると苦悩の日々も全て浄化し、美化した思い出のみを回想しがちだが、内実はそんなにさわやかなものではない」(『中大柔道百年史』より)と振り返っている。

「青春時代の真ん中は胸にとげ刺すことばかり」という歌があるが、まさに岡野の青春はそんな感じで始まった。だが、2つのうちの1つを選択したことで、稀代の、歴史に名を残す柔道家になった。

 1964年の東京五輪では、1、2戦はポルトガル選手、ベネズエラ選手に背負い投げ、合わせ技で完勝。準々決勝ではグロッサン(フランス)に送り襟絞めで「一本」。準決勝は天理大柔道部の金義泰(韓国)を足技で攻めて優勢勝ち。そして決勝は、ホフマン(統一ドイツ)の左小外刈りを返して横四方固め。得意の”後の先”だった。

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最終更新:7/19(金) 12:31
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